武者小路子爵家 羽林家

  • author: easthall
  • 2002/04/16


◆武者小路実世
1851-1887


■妻 勘解由小路資生子爵の娘 秋子
1853-1928


●伊嘉子 平田敏雄と結婚
●公共  次代当主
●実篤  作家




◆武者小路公共 
1882-1962


■前妻 毛利元徳公爵の娘 万子
1883-1914


■後妻 伊東義五郎の娘 不二子
1893-1986


●前妻の子 実光 次代当主
●後妻の子 公久 次々代当主
●後妻の子 実秋
●後妻の子 公秀 内田規子と結婚




◆武者小路実光 
1910-


■妻 栗山美与の娘 栄子
1909-1979




◆武者小路公久 
1921-1988


■妻  児玉惟次の娘 喜久子
1930-




◆武者小路実篤 
1885-1976


■前妻 竹尾房子 離婚
1892-1990 明治25-平成02


■後妻 飯河安子
1899-1976 明治32-昭和51
 

●後妻の子 新子 木村龍蔵と結婚
●後妻の子 妙子 侃三郎と結婚
●後妻の子 辰子 武者小路穣と結婚


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作家 長与善郎

ある日武者の家に行っていた時、
「今日は変な女が来るかもしれない。何でも『青踏』の人とかで、僕は知らない人だが」
と武者が言った。
果たしてしばらく経つと銀杏返しに結った人が訪ねて来て、武者は座布団を勧めながらちょっと応対にまごついていたので、遠慮して早く引き取った。
白樺同人一同も『お目出たき人』に出てくるような箱入り娘たちとの清い失恋こそ武者らしいと思い込んでいたので、そういう清純さや上品さとはほど遠いこの小柄な来訪者の出現に、武者がまさか本気で打ち込もうとは予期しなかった。

ところがC子の積極性に若い武者の非世間的戦闘的な気持ちと欲望とが牽かれたものか、その人が武者への「運命の賜物」となった経緯は志賀が「極端にリアリスティック」と評した率直極まる筆法でさっそく有体に書かれた小説『世間知らず』となって現れ、人々を驚かせたのだった。
後から思ったことをあえて忌憚なく言えば、この一種の才女と言えるすれっからしの「新しき女」との勇敢な結びつきによって、人から影響を受けることよりは栄養分を吸収する力の強い武者は、
いろいろの新知識ととんだ苦労の経験とをなめ、そのためにある意味では同人の中の誰よりも人が悪く狡くもなったように、書くものも複雑な面白さを増したが、転んでもただでは起きない彼のこととて、その結婚は平穏に永く続かなかった代り、後の名作『愛欲』に誇張的に戯曲化されたりして、彼の文名はますます高くなった。
しかしC子はそういう質の人だけに、僕の『四日三晩の旅』にはことのほか厚意を示したのみか、
それから1,2年の後、僕の結婚の実際の媒介者となったのもそのC子だったことを思えば、運命は異なものと言わざるを得ない。

名作『愛欲』に誇張されたような事件からとうにC子と別れた武者も、二度目の夫人を迎えてパパとなり『人間万歳』その他の策で名声嘖々だったにかかわらず、村の維持経営のために金がかかり決して楽ではなかった。
もともと肉体労働の無理な武者には各々好きな芸道と肉体労働を兼行する実践主義であったとはいえ、むしろ村外会員として文筆一本に打ち込むことの方が村のためになることは決まっていた。
それで結局また東京に落ち着くことになったのはそれより数年前のことであったが、僕の家へ来て信濃町の園池の所へ回るための電車賃を借りそこでまた2,30銭借りて吉祥寺へ帰るという有様であった。





小倉子爵家 羽林家

  • author: easthall
  • 2002/04/15


◆小倉長季
1839-1881
もと公家橋本実久の子 婿養子になる


■妻 先代輔季の娘 季子
1845-1908


●栄子  草場彦輔夫人
●英季  次代当主
●祐三郎 西四辻公堯子爵となる 薗広憲の娘数子と結婚





◆小倉英季
1872-1929



■前妻 阿野実允子爵の娘 定子
1878-1908 


■後妻 醍醐忠敬の娘 為子 浅野忠純と結婚・小倉英季と再婚
1874-1951 


●義季 次代当主
●信季 平民大伴信季となる
●俊子 北大路信明男爵夫人
●智光 仏職善光寺智光となる
●公孝 大宮公孝子爵となる 今小路覚尊の娘理子と結婚
●公宗 西脇菊子と結婚
●輝子 林卓夫人





◆小倉義季
1898-1945


■前妻 嵯峨公勝侯爵の娘 厚子 離婚・七条光明子爵と再婚
1902-1950 



■後妻 高倉永則子爵の娘 勝子
1906- 


●永季





東園子爵家 羽林家

  • author: easthall
  • 2002/04/14


◆東園基愛
1851-1920 嘉永04-大正09 69歳没


■妻 久邇宮朝彦親王の娘 栄子女王

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●基光 次代当主
●忠愛
●増子 宮橋利敬夫人





◆東園基光●子供ナシ
1875-1934


■妻 西条松平頼英子爵の娘 輝子
1881-1930





◆東園基文
1911-2007 明治44-平成19 96歳没
もと伊達邦宗伯爵の子


■妻 北白川宮成久王の娘 佐和子女王
1913-2001 大正02-平成13 88歳没
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●基政
●基宏
●基治





東坊城子爵家 半家

  • author: easthall
  • 2002/04/13


◆東坊城徳長
1869-1922 明治02-大正11 53歳没


■妻 北村駒三郎の娘 キミ子
1878- 明治11-


●政長 次代当主
●敏子 平民細川力蔵と結婚
●恭長 俳優・脚本家・監督
●宣子 平民木村貞男と結婚
●英子 女優入江たか子


左から 敏子 宣子 英子




●敏子 平民細川力蔵と結婚
1899- 明治32-

貞明皇后の女官となり、その美貌から白百合の局と呼ばれ
長田幹彦『小説天皇』のヒロインのモデルともなった。


●東坊城恭長 俳優・脚本家・監督
1904-1944 明治37-昭和19 40歳没




●英子 女優入江たか子
1911-1995 明治44-平成07 83歳没








◆東坊城政長 先代徳長の子
1902- 明治35-


■妻 佐藤毅三の娘 愛子
1901- 明治34-





今城子爵家 羽林家

  • author: easthall
  • 2002/04/12


◆今城定徳
1863-1892


■妻 橋本実梁伯爵の娘 竹子
1869-1953 


●友子 婿養子を迎え次代当主とする





◆今城定政
1878-1958
もと中山孝麿侯爵の子 棄彦 婿養子になる



■妻 先代定徳の娘 友子
1889-1973



●誼子 女官
●定順
●政典 次代当主
●政英





◆今城政典
1912-1977


■妻 今関貞の娘 邦枝
1923-


●政明