小野男爵家 御碕神社

  • author: easthall
  • 2002/05/07


◆小野尊光
嘉永02-昭和12年


■妻 塩見小兵衛の娘 セイコ
安政01-大正07


●綏子 千家尊愛夫人
●初子 岩田龍一郎夫人
●尊正 次代当主
●曽子 黒住教黒住宗子の前妻
●広子
●富子 黒住教黒住宗子の後妻
●吉子 軍人成瀬政彦夫人
●敏功 古川敏功となる
●友直 日御碕神社宮司
●鉄丸 瀬川鉄丸となる
●美津子 森谷和一郎夫人
●好子
●邦範 日置邦範となる
●庶子 鶴子 神谷健雄夫人
●庶子 節夫 一色節夫となる





◆小野尊正
明治10-


■妻 佐野常民伯爵の子佐野常樹の娘 米子
明治15-


●英子
●鑑子 新聞社長大島一郎夫人
●尊大
●勝彬 次代当主





◆小野勝彬
大正08-


■妻


●礼子
●高慶





華園男爵家 興正寺

  • author: easthall
  • 2002/05/06


◆華園摂信 公家鷹司政通の子
1808-1877 文化05-明治10


■妻 死別


※5男14女アリ


●晟子 30歳年上の公家裏辻公愛と結婚離婚・曽我祐準子爵と再婚
●沢称 次代当主
●信暁 東坊城任長子爵の娘成子と結婚・士族鈴木文子と再婚


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明治4年2月(1871)摂信の7女晟子20歳は公家裏辻公愛50歳と結婚する。
しかし30歳も年上の裏辻には、妾との間にすでに12歳から2歳までの4人の庶子があった。
結婚して4年後、明治8年3月(1875)妾との間にさらに男子が産まれた。
父摂信は娘晟子に「当方御可給にてもよろしく婦道を守るを善とす」と忍耐を促す手紙を送った。
摂信は裏辻に度重なる借金の連帯保証人になってもらっていたからである。
明治9年8月(1876)裏辻は単身上京、晟子は実家で暮らすという別居生活が始まった。
摂信は「妾はめでたく暇遣になり候」と喜んだが、明治10年(1877)に自分が死んでしまう。
明治11年(1878)裏辻は摂信の借金の連帯保証人になっていたため破産する。
さらに明治15年(1882)には政治に手を出して官憲に逮捕された。
晟子は裏辻の子を産むことなく離婚して、曽我祐準子爵と再婚できた。

信暁は京都府士族神原タツを妾にしていたが、分家が認められ一戸を構えることができたので、
東坊城任長子爵の娘成子と結婚した。
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◆華園沢称
1852- 嘉永05-


■妻 萩原員光子爵の娘 徳子
1859- 安政06-


●実子 準子 住職小笠原厳実夫人
●庶子 寛子
●実子 真淳
●実子 称心
●実子 称信
●庶子 称円
●実子 称念
●実子 称観
●庶子 称喜
●不明 良厳
●不明 称善
●庶子 称淳
●庶子 称





◆華園真淳
1884- 明治17-


■前妻 林竹三郎の娘 千賀子 離婚
1904- 明治37-




■後妻 井上幸一の娘 国明
1897- 明治30-


●咲子 武藤勇哉夫人
●実子 松谷貞治夫人
●茂
●香
●久  次代当主
●和子




◆華園真準
1925- 大正14-


■妻 医師三林隆吉の娘 昭子
1933- 昭和08-


●真暢
●正子
●淳子






渋谷男爵家 仏光寺

  • author: easthall
  • 2002/05/05


◆渋谷教応
天保15-慶応02
もと鷹司政通の子


■妻 明石藩主松平斉韶の娘 光子/辰子 
嘉永03-






◆渋谷家教
1862-1923 文久02-大正12 61歳没
もと伏見宮邦家親王の子 後に還俗して清棲家教伯爵となる


■妻 倉橋泰顕子爵の娘 満子
1861-1917 文久01-大正06 56歳没


●庶子 隆教





◆渋谷隆教
明治18-



■妻 九条道孝公爵の娘 篷子
明治24-



●方子 辻太郎男爵の養子辻精夫人
●有教 次代当主
●公子 小出英忠子爵夫人





■渋谷有教
大正06-


■妻 本照寺泉雄尊正の娘 笑子
大正14-


●彰
●暁
●修
●敬子





千秋男爵家 熱田神宮

  • author: easthall
  • 2002/05/04


◆千秋季隆
明治08-



■妻 阿野寛充の娘 成子
明治13-明治34


●多賀子 金原明夫人
●美喜子 高岡和季子爵夫人
●季正


●多賀子 金原明夫人


●美喜子 高岡和季子爵夫人





千家男爵家 出雲大社

  • author: easthall
  • 2002/05/03


◆千家尊澄
1816-1878


■妻 広橋光成の娘 富子/婦美子
1825-1903 


●護   千家武主夫人
●尊福  次代当主
●尊賀
●与利  戸田忠幸夫人
●登喜  有沢権五郎室夫人
●尊紀  次々代当主
●奈保子 藤波言忠子爵の4/4番目の妻
●真佐子 吉川経健子爵の3/4番目の妻


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萬朝報 明治31年08月02日

神官千家尊賀はかつて炭鉱鉄道の社員となり北海道に出張中、
小樽南部屋の芸妓工藤ミス(34)を買い馴染みて身請けし東京に連れ来たりしが、
これがため妻(岩村高俊男爵夫人の姉)を離別し今は京橋区山城町にミスと同住す。

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◆千家尊福
1845-1918 弘化02-大正07 73歳没

*政界入りし借金がかさむと、
「政治のために家を傾けたのだから」と明治天皇に借金を申し込んだことがある。


*妻子のあることを隠して日本画家の小川梅崖に子供を生ませた。
父親に反抗して詩人となった千家元麿である。



■妻 公家伏原宣諭の娘 俊子
1851- 嘉永04-



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『横から見た華族物語』  昭和07年出版

千家尊福男爵は白皙にして柔和な顔とふさふさした胸まで垂れる白ヒゲとを見ると
さながら神の権化であるように思われたが、そのくせ案外野心家で何事かを企て
それを仕遂げんとするにあたり運動の巧妙なことは確かに活神力があると噂された。

彼は初期以来貴族院に議席を有し、
最後の目的は木曜会を踏み台にして大臣の椅子に登ってみる点にあった。
第一次西園寺内閣組織の時木曜会から一人を抜いて入閣せしめることとなったが、
お鉢は久しく待望している彼に回らずして松岡康毅の方へ回ってしまった。
彼は松岡氏の入閣を羨望すること一通りではなくその結果松岡氏に敵意を挟むようになったが、
幾ほどもなく入閣し司法大臣の椅子を与えられた。
多年の願望が成就した千家男爵は天地を礼拝せんばかりに歓喜し
内閣の運命いかんを顧みる暇もなかったが、
入閣後わずか4ヶ月にして倒閣し栄華の跡も一朝の夢と化してしまった。
しかも飛び入り大臣料として高価な代金を費やし
莫大な負債ににっちもさっちも動けなくなったなどは、ただ気の毒と申すよりほかない。

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●国子  毛利元忠子爵夫人
●信子  実業家北岡鶴松夫人
●松麿
●元麿
●多嘉子 尾崎洵盛男爵夫人
●英麿  千家尊愛の娘喜久と結婚、千家尊有に改名
●一子  次々代当主 千家尊統夫人
●広子  岸周平夫人
●幸麿  千家尊愛の養子になる
●寿子  藤井厚二夫人
●知子
●尊建  金子三四郎の娘裕子と結婚
●厚子
●顕子  松浦昴夫人
●経麿  千家尊愛の娘の沢子の婿養子になる
●哲麿  千家忠の養子になる 医学者大瀧潤象の娘孝子と結婚
●極子  菅原太郎夫人


●多嘉子 尾崎洵盛男爵夫人


●広子 岸周平夫人



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千家尊福の三男鯱麿は平民山本シズと恋仲になるが、周囲から反対される。
大正2年4月10日、二人は列車に飛び込み鉄道心中をする。
二人とも死亡したが、縁結びの神である出雲大社の息子が心中というのはマズイのか
鯱麿の名前は家系図から消されている。

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枢密院議長 倉富勇三郎男爵の日記 大正10年10月20日

宮内官僚酒巻芳男『面白倶楽部』なる雑誌と他の雑誌とを持ち来りてこれを示す。
雑誌には千家尊福の娘にて毛利家に嫁したる国子なる者、
寡婦となりたる後その妹多嘉子の夫尾崎洵盛男爵と通じたる事実を詳記したる物なり。
予これを閲したる後、尾崎の品行を調査する事を酒巻に命ず。


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倉富日記 大正11年02月23日

倉富&宮内大臣牧野伸顕伯爵の会話

牧野◆尾崎洵盛男爵がその妻の姉毛利国子と醜行あることは事実なる様なり。
倉富◆尾崎の妻多嘉子が夫と姉との関係を周旋しおる様な形跡ある事を不思議に思う。
牧野◆聞くところによれば妻は一人にては耐え難きゆえ、姉との関係を喜びおるとの事なり。

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◆千家尊紀
1860-1911
先代尊福の弟


■前妻 西四辻公業子爵 直子
1862-


■後妻 松平忠和子爵の娘 淑子
1875-1932


●福麿  次代当主 千家尊統となる
●鉄麿
●勇子  清岡公張子爵の子清岡真彦夫人
●照子
●鋼麿  先代尊福の娘厚子と結婚して千家尊宣となる・木下俊哲子爵の娘政子と再婚
●義子  法学者稲川次郎夫人
●活麿  尾崎洵盛男爵の娘華子と結婚・イトコ結婚
●恒麿
●千代子 松平忠諒子爵夫人
●正麿


●勇子 清岡公張子爵の子清岡真彦夫人


●照子






◆千家尊統 
1885- 明治18-


■妻 先々代尊福の娘 一子 イトコ結婚
1893- 明治26-


●松麿
●尊祀  次代当主
●富佐子 中丸一郎/中平一郎夫人
●致子  坂本章一夫人
●遂彦  上原勝の娘喜代野と結婚
●克雄
●達彦  伊藤博精公爵の娘文子と結婚
●恭子





◆千家尊祀
1913-2002


■妻 中山輔親侯爵の娘 孝子
1919-


●純子
●尊祐
●曄子
●隆比古
●和比古