佐竹侯爵家 久保田藩主

  • author: easthall
  • 2004/02/21


◆佐竹義睦●子供ナシ
1839-1857


■妻 高知藩主山内豊資の娘悦子
1840-1916






◆佐竹義堯
1825-1884
もと中村藩主相馬益胤の子



■最初の妻 久保田新田藩主佐竹義純の娘 多喜子
1827-1849 


■2番目の妻 久居藩主藤堂高聴の娘 増銘子 
-1859 


■3番目の妻 丹波篠山藩主青山忠良の娘 不明


●生母不明  雅子 佐竹義脩男爵夫人
●生母不明  鐶子 佐竹義理子爵夫人
●大塚氏の子 義生 次代当主 





◆佐竹義生
1867-1915



■妻 徳大寺実則公爵の娘 作子
1872-1937 



●義春 次代当主
●義行
●義通 佐竹義通子爵となる
●義勝 佐竹義勝子爵となる 秋元春朝子爵の娘英子と結婚
●義心
●涼子
●静子 伊藤次郎左衛門夫人
●義宏 松平忠正子爵の養子になり松平忠宏となる


●義行






◆佐竹義春
1890-1944


■妻 九条道実公爵の娘 兼子
1894-1964 

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●実子   義栄
●実子   則子 鍋島直紹子爵夫人
●実子   照子 花山院親忠侯爵夫人
●生母不明 美子 鈴木崇夫人
●生母不明 亮子 川原良太夫人


●則子 鍋島直紹子爵夫人
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◆佐竹義栄
1914-1983


■妻 尾張徳川義親侯爵の娘 百合子
1917- 


●義忠
●朋子





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困窮した多くの華族家の財産整理を手助けした 尾張徳川義親侯爵の日記

*佐竹義春は徳川義親の財政立て直し案を受け入れなかった。

侯爵も夫人もこれほど馬鹿とは思わなかった
家の没落もまたやむを得ないことだろう。
華族はみなこうして没落してゆ。

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尚侯爵家 琉球王

  • author: easthall
  • 2004/02/20


首里城

3001





◆尚泰
1843-1901

3000



■妻 佐敷按司加那志


●実子 尚典
●実子 尚寅
●庶子 尚順
●庶子 津嘉山翁主真鶴金
●庶子 安室翁主真鍋樽
●庶子 尚秀 玉城尚秀となる
●庶子 尚光
●庶子 政子  漢那憲和と結婚
●庶子 八重子 神山政良と結婚
●庶子 尚時
●庶子 牧志翁主
●庶子 嘉手苅翁主
●庶子 千代子
●庶子 君子
●庶子 小夜子
●庶子 鈴子
●庶子 貞子


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萬朝報 明治31年8月22日

旧琉球王尚泰侯爵は左のごとく多くの妾と庶子を有す。
○琉球人 真鶴金(46)
○牛込区原町士族船岸勝太郎同居平民山本チョウは、秀・ミチヨ・ヤエを生む。
○北豊島郡巣鴨町田中栄蔵の娘コウは、光を生む。
○三重県河芸郡神戸町片山半七の娘貞子は、マサヨ・時を生む。
○下谷区南稲荷町松本カネ養女ユウは、キミを生む。
○千葉県安房郡北三原村西田市五郎同居神田ナツは、チヨ・サヨ・スズを生む。
以上はいずれも小間使いもしくは下女なりしを手をつけ孕ませたるなり。

その嗣子尚典も麹町区三番町高木勝太郎同居士族林武立の娘チエを妾とし、
一女を挙げツルと命名す。


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萬朝報 明治31年7月20日

田中鉄工所の谷崎安太郎は日本橋元柳町日野屋光子こと前田ミツ(23)を妾とす。
この女はかつて奈良原男爵に落籍されてともに沖縄に渡りしが、
その時奈良原はミツを旧琉球王侯爵尚泰への土産とし枕席を払わしめたることあり。
その後奈良原の手を切りて再勤せしなり。


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◆尚典
1864-1920


■妻 金武朝穏の娘 祥子
1865-


●延子 今帰仁延子となる
●尚昌
●尚景
●尚旦 深野美津子と結婚
●尚暢




◆尚昌
1888-1923


■妻 小笠原忠忱伯爵 百子
1896-1950


●文子 井伊直忠伯爵の子井伊直愛と結婚
●尚裕 次代当主
●清子 酒井忠博伯爵と結婚




◆尚裕
1918-1996


■前妻 戸沢正己子爵の娘 瑛子 死別
1919-1945


■後妻 村瀬鐸三郎の娘 啓子
1920-


●前妻の子 和子
●前妻の子 芳子
●後妻の子 圭子
●後妻の子 薫
●後妻の子 尚衞





浅野侯爵家 広島藩主

  • author: easthall
  • 2004/02/19


・大地主

・東京本邸 本郷区向ヶ丘弥生町 (現:文京区弥生) 8000坪

・西ヶ原別邸

4000





◆浅野長勲●子供ナシ 浅野懋昭の子
1842-1937 95歳没


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■妻 高知藩主山内豊熙の娘 綱子
1845-1919 弘化04-大正08




イタリアにて

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ナイアガラにて

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『横から見た華族物語』 昭和7年出版

十五銀行騒ぎで叩かれた華族で大頭株の中に旧芸州広島藩の浅野家がある。
主人の長勲侯爵は頭脳が綿密というのか、細かいところによく気がつくというのか、
旧臣名簿という閻魔帳のようなものをこしらえていて、
何の某の娘は当年幾歳で何の某の所へ嫁に入っているというようなことからはじめ、
旧臣の身分に関する一切のことを書きとめている。
それほどだからお正月などでも旧臣のうち一人でも年賀に来ない者があると、老人すこぶる御機嫌が悪い。

算盤高いことでもまた有名で
浅野家へ何かまとまった物を売り込もうとする者はいちいち老人に会って直接の取引だが、
少しでも高いと思われるとそんな算盤の持ち方はないだろうと言ってそっぽを向いてしまう。

この親にしてせがれの長之氏はなんと不肖な子であったものか。
現在十五銀行の重役をしていながら8千なにがしの新株を背負い込んでいた。
そのうえ整理のためには重役としての私財30万円をも吐き出さねばならなかったため、
新株の払い込みと合わせて100万円に近い大損害をこうむったから老人怒るまいことか。
60何歳にもなっている長之氏をとらまえて「この大馬鹿野郎」と怒鳴りつけたということだ。

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◆浅野長之 先代長勲のイトコ/浅野懋績の子
1864-1947


*イギリス・フランスに留学




■前妻 松江藩主松平定安の娘 鑑子 離婚
1870-1893 明治03-


■後妻 高崎藩主大河内輝声の娘 恭子
1877-1913 明治10-大正02




●後妻の子 長武 次代当主
●後妻の子 礼子 九鬼隆輝子爵の子九鬼隆興と結婚
●後妻の子 峯松 大河内輝信子爵となる 四条隆愛侯爵の娘富士子と結婚
●後妻の子 望子 斯波正夫男爵と結婚
●後妻の子 鉄馬 浅野鉄馬男爵となる


●礼子 九鬼隆輝子爵の子九鬼隆興と結婚






◆浅野長武 先代長之の子
1895-1969


■前妻 伏見宮博恭王の娘 恭子女王/結婚後、寧子と改名 死別
1898-1919 明治31-大正08


4001







■後妻 山階宮菊麿王の娘 安子女王
1901-1974 明治34-昭和49


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●後妻の子 頼子 水戸徳川圀順公爵の子徳川圀斉と結婚
●後妻の子 長愛 次代当主
●後妻の子 茂松 山階芳麿侯爵の養子になり山階芳正となる 天笠嘉衛の娘芳枝と結婚


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◆浅野長愛 先代長武の子
1927-2007


■妻 鷹司信輔公爵の娘 庸子
1928-1990


●敬子
●長孝





池田侯爵家 岡山藩主 その2

  • author: easthall
  • 2004/02/18


東京本邸 荏原郡大崎町 (現:品川区大崎)

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◆池田慶政 中津藩主奥平昌高の子昌朝
1823-1893


■妻 鴨方藩主池田政善の娘 宇多子
1830-1877


●万寿子 婿養子を迎え次代当主とする
●千代子 池田政保子爵と結婚
●親忠  矢島藩主生駒親敬の娘厳子の婿養子になり生駒親忠男爵となる
●政時  池田政時子爵となる 京極高徳子爵の娘八重子と結婚
●銀子  柳原義光伯爵の前妻




◆池田茂政 水戸徳川斉昭の子 婿養子になる
1839-1899 文久03-明治32


■妻 先代慶政の娘 万寿子
1848-1868 嘉永01-明治01


●勝吉 池田勝吉男爵となる 上杉茂憲伯爵の娘覚子と結婚
●恒子 堀河護麿子爵と結婚
●隆子 中川久任伯爵と結婚
●信子 佐々木祐哲と結婚
●勝順 西尾勝順となる
●鎮子 泉谷祐勝と結婚


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池田勝吉男爵の孫/財閥渋沢正雄の娘/鮫島員重男爵夫人 鮫島純子 

<池田勝吉の放蕩>

池田茂政はお家付きの万寿子姫との間には男児に恵まれず、
側室との間に誕生した唯一の男子が母の父でした。
彼は自分が池田侯爵家の跡取りになるとばかり思い込んで成長したらしいのですが、
池田家本来の血筋を受け継いでおられる相良子爵家の方が御養子になられ岡山池田本家を継がれました。
祖父は分家して男爵を授かり、
私が物心ついた頃には子供の目から見ても芳しからぬ心情の日々を過ごしているように見えました。
侯爵とそれに伴う広大な領地への執着と、当てが外れた人生への不満があったのかもしれません。

父は子会社を作り、名前だけの社長として祖父の収入にしてあげていました。
振り込みが遅れると待ちきれず、娘をあてに受け取りに来訪。
岳父が気がねなくお金を受け取れるよう父は配慮して振り込みにしていたのですが、
そんな思いやりもむなしく悪びれる様子もない祖父の態度は、
父方の祖父である栄一とのあまりの差にさびしい気がしたものでした。

夜帰宅した父に「申し訳ございません」と低姿勢で詫びる母に対して、
「いいじゃないか。男の照れ隠しが尊大ぶったスタイルになるんだよ」とかえって母を慰め、
「もらう立場よりあげられる立場の方がありがたいさ」と父はあっさり言っているのを聞きました。
もっともある時 父は足の爪を切りながら、岳父にまた母の異母妹〔妾の子〕が誕生したと聞いて、
「母さんの係累がこんなに増えると知ってたら女房にもらわなかったなあ。
あれだけは斉昭公〔勝吉の祖父水戸藩主徳川斉昭〕の隔世遺伝かなあ」
と冗談交じりに苦笑していました。


(勝吉の死亡時)

父は葬式の準備の指揮をとりました。
私は初めて見る4歳、2歳の幼い「叔父」「叔母」の姿、
「殿様ぁ~」と遺体に泣きすがる妊娠中の側室、その光景の異様さにただ呆然としたものでした。
母はすでに生母の亡くなっている腹違いの弟たちの大学卒業と就職の面倒をみて、
妹の方は引き取って家の中のことなどを手伝ってもらいながら仲良く過ごし、お嫁入りの世話もしました。
母の異母弟妹がみな穏やかな常識人として成人しましたのはありがたいことでした。

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◆池田章政
1836-1903

人吉藩主相良頼之の子
鴨方藩主池田政詮を経て当家池田章政となる


■妻 大垣藩主戸田氏正の娘 鑑子
1838-1906 天保09-明治39


●政保 池田政保子爵となる 先々代慶政の娘千代子と離婚・戸田氏良子爵の娘銓子と再婚
●詮政 次代当主




◆池田詮政
1865-1909


■前妻 島津忠義公爵の娘 充子 離婚・松平直亮伯爵と再婚
1873-1958 明治06-昭和33 85歳没


■後妻 久邇宮朝彦親王の娘 安喜子女王
1870-1920 50歳没


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枢密院議長・男爵 倉富勇三郎男爵の日記 大正11年8月24日

<安喜子夫人の姉妹ドンブリ>

宮内官僚小原駩吉男爵の言葉

壬生基義伯爵の性質は金銭に汚く品行不良にて、
妻篶子の姉妹の寡婦となりおる者と私したる事多く、
先年死去したる池田詮政の寡婦安喜子のごときもその一人にて、
池田家の家職などはしきりに苦心したりし。

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●前妻の子 博子 細川護立侯爵と結婚
●後妻の子 鋠子 烏丸光大伯爵と結婚
●後妻の子 温子 六条有直子爵と結婚
●後妻の子 禎政 次代当主
●後妻の子 政鋹 池田政保子爵となる 壬生基義伯爵の娘綾子と死別・戸田氏秀伯爵の娘愛子と再婚
●後妻の子 宣政 次々代当主




◆池田禎政●子供ナシ
1895-1920 明治28-大正09 25歳没




◆池田宣政 先代禎政の弟
1904-1988


■妻 津軽行雅男爵の娘 富貴子
1908-1978


●隆政 次代当主




◆池田隆政●子供ナシ
1926-2012 大正15-平成24 86歳没


■妻 昭和天皇の娘 厚子内親王
1931- 昭和06-










池田侯爵家 岡山藩主 その1

  • author: easthall
  • 2004/02/17


◆池田慶政 中津藩主奥平昌高の子昌朝
1823-1893


■妻 鴨方藩主池田政善の娘 宇多子
1830-1877


●万寿子 婿養子を迎え次代当主とする
●千代子 池田政保子爵と結婚
●親忠  矢島藩主生駒親敬の娘厳子の婿養子になり生駒親忠男爵となる
●政時  池田政時子爵となる 京極高徳子爵の娘八重子と結婚
●銀子  柳原義光伯爵の前妻


●親忠 矢島藩主生駒親敬の娘厳子の婿養子になり生駒親忠男爵となる






◆池田茂政 水戸徳川斉昭の子 婿養子になる
1839-1899 文久03-明治32





■妻 先代慶政の娘 万寿子
1848-1868 嘉永01-明治01


●勝吉 池田勝吉男爵となる 上杉茂憲伯爵の娘覚子と結婚
●恒子 堀河護麿子爵と結婚
●隆子 中川久任伯爵と結婚
●信子 佐々木祐哲と結婚
●勝順 西尾勝順となる
●鎮子 泉谷祐勝と結婚


●勝吉 池田勝吉男爵となる 上杉茂憲伯爵の娘覚子と結婚



●隆子 中川久任伯爵と結婚








◆池田章政
1836-1903

人吉藩主相良頼之の子
鴨方藩主池田政詮を経て当家池田章政となる


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■妻 大垣藩主戸田氏正の娘 鑑子
1838-1906 天保09-明治39


●政保 池田政保子爵となる 先々代慶政の娘千代子と離婚・戸田氏良子爵の娘銓子と再婚
●詮政 次代当主




◆池田詮政
1865-1909





■前妻 島津忠義公爵の娘 充子 離婚・松平直亮伯爵と再婚
1873-1958 明治06-昭和33 85歳没





■後妻 久邇宮朝彦親王の娘 安喜子女王
1870-1920 50歳没




●前妻の子 博子 細川護立侯爵と結婚
●後妻の子 鋠子 烏丸光大伯爵と結婚
●後妻の子 温子 六条有直子爵と結婚
●後妻の子 禎政 次代当主
●後妻の子 政鋹 池田政保子爵となる 壬生基義伯爵の娘綾子と死別・戸田氏秀伯爵の娘愛子と再婚
●後妻の子 宣政 次々代当主


●博子 細川護立侯爵と結婚




●鋠子 烏丸光大伯爵と結婚




●温子 六条有直子爵と結婚




●政鋹 池田政保子爵となる 壬生基義伯爵の娘綾子と死別・戸田氏秀伯爵の娘愛子と再婚






◆池田禎政●子供ナシ
1895-1920 明治28-大正09 25歳没







◆池田宣政 先代禎政の弟
1904-1988


■妻 津軽行雅男爵の娘 富貴子
1908-1978


●隆政 次代当主




◆池田隆政●子供ナシ
1926-2012 大正15-平成24 86歳没


5000


5001



■妻 昭和天皇の娘 厚子内親王
1931- 昭和06-


5000(1)