九鬼隆一男爵家 政治家

  • author: easthall
  • 2005/07/25


◆九鬼隆一
1852-1931 嘉永05-昭和06



■妻 杉山弥右衛門の娘 波津子 離婚
1860-1931 万延01-昭和06


●一造 次代当主
●三郎 官僚 熊坂弁蔵の娘フジコと結婚
●周造 哲学者 兄の未亡人縫子と離婚・祇園の芸妓と再婚


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萬朝報 明治31年08月29日

*国立博物館初代館長でもあった。

男爵九鬼隆一はいわゆる美術に熱心なるよりもむしろ女色に熱心して、
婦人に対してはその醜美を論じたることなく手当り次第に手をつけ、
これまで雇女を孕ましたることしばしばなりしが、
その数多きうちに今なお記念として存しいるは荏原郡大井村酒井申太郎の娘ミネ(26)にて、
同人は28年小間使いとして雇い入れられたる者なり。

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◆九鬼一造
明治17-


■妻 政治家中橋徳五郎の娘 縫子 死別・一造の弟九鬼周造と再婚離婚
明治28-


●隆一郎
●隆造





◆九鬼隆一郎
大正05-


■妻 田村丕顕子爵の娘 正子
大正11-





幣原喜重郎男爵 総理大臣

  • author: easthall
  • 2005/07/24


◆幣原喜重郎
1872-1951 明治05-昭和26


4001


4002


4000



■妻 財閥岩崎弥太郎の娘 雅子
1881-1956


4003



●道太郎 次代当主
●重雄  銀行家野村元五郎の娘喜美子と結婚




◆幣原道太郎
1903-


■前妻 西郷寅太郎侯爵の娘 光子 熟年離婚
1914-


■後妻 飯野篤一の娘 笑美子
1924-


●隆太郎 次代当主
●倶子  今西健策と結婚
●章二




◆幣原隆太郎
1937-


■妻 藤井滉三の娘 操


●慎一郎
●幸二





宇佐川一正男爵家 軍人

  • author: easthall
  • 2005/07/23


◆宇佐川一正
1849-1927 嘉永02-昭和02
もと士族藤村太郎右衛門の子 婿養子になる



■妻 先代の娘 タネ
嘉永04-大正13

 

●ミネ
●スミ 軍人斎藤義夫 夫人





◆宇佐川邦人
1868-1920 慶応04-大正09 52歳没
もと士族岡村順平の子 婿養子になる



■妻 先代一正の娘 ミネ
1868- 明治01-



●利貞
●フユ 軍人力石実雄夫人
●リカ 芳坂丙吉夫人
●チヨ 橋本精吾夫人
●秀雄
●芳雄
●正雄 次代当主
●武雄
●千代子
●富美子
●末男


男性左から 利貞 力石実雄 邦人 斎藤義夫 秀雄 
女性左から フユ チヨ スミ ミネコ夫人 リカ

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●リカ 芳坂丙吉夫人


●チヨ 橋本精吾夫人

(後ろの男性は絵の教師)


●富美子





平沼騏一郎男爵 総理大臣

  • author: easthall
  • 2005/07/22


平沼騏一郎●妻子ナシ
1867-1952 慶応03-昭和27


1001(1)


1001


1000








尾崎三良男爵家 外交官

  • author: easthall
  • 2005/07/21


◆尾崎三良
1842-1918 天保13-大正07

*イギリスに留学

ロシアにて






■前妻 イギリス人 バサイア・キャサリン・モリソン 離婚
1843-


■後妻 仏職藤山沢証の娘 八重
1855-1943 安政02-




★妾 士族藤木行顕の娘 道枝 


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尾崎はイギリスに留学中、教師のウイリアム・モリソン宅に下宿していた。
その一人娘バサイアと結婚し3人の娘をもうけるが、妻子を残して帰国した。
尾崎はかねてから養母戸田玉井が嫁に決めていた玉井の妹八重と結婚する。
さらに八重に何年も子供ができなかったことから、
士族藤木行顕の娘道枝を妾にして妻妾同居となった。
ところが尾崎が妻子を置いて帰国し日本で結婚したことに対して、
旧主人である三条実美や外務大臣井上馨から厳しく叱責された。
窮した尾崎は八重と形式上離婚し、バサイアとの結婚の公許を得てロシア公使として出発した。
バサイアをペテルスブルグに呼び寄せ話し合いをしたが、
尾崎はバサイアを本妻として日本に連れて帰って八重・道枝と3人で同居するつもりであったから、
バサイアはこれを拒絶、ロンドンで父モリソンの立ち合いのもと離婚協議となり、
未払いの養育費と手切金550ポンドを渡して別れることになった。
結局帰国した尾崎は再び八重を妻とし道枝を妾として妻妾同居で暮らした。

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萬朝報 明治31年08月03日

男爵尾崎三良は先妻英国人バサイアを離別し、今は本行寺住職藤山沢証の娘を妻としながら、
自邸に同居せる戸田玉井の養女ミチ(40)を妾とす。


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尾崎三良の自伝

これにてまず一個の家庭を作り、その収入は政府より俸給1ヶ月150円なり。
すなわち八重に対して「これよりそなた主婦の役目として家政を料理すべし。
その入費はすなわちこれなり」とて、政府より受けたる月給150円をその紙包のまま手渡したる時は、
彼女少し当惑の気味にてシクシクなきおるから「なぜ泣くにや」と詰れば、
「いまだかくのごとき大金を任せられたることなきゆえいかにかはせんと当惑心痛の余りなり」と言う。
よって出入帳簿記入の仕方および月末計算の方法等を教え、かたわら珠算を教えたり。
元暗愚の性にあらざれば1ヶ月も習熟して略々要領を得て、爾来数十年家政はもっぱら彼女に委任して大過なかりし。
明治30年前後に至り、家賃も少々豊かなるに従い、金銭の出納もおいおい複雑になり、
女子の手ひとつにては困難に趣きしより、家扶を置きこれに委任することとせり。


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尾崎三良の日記 明治35年8月(1902)

<妾道枝の死について>

彼女は良家の娘にして性行温厚貞誠、余に仕えて忠実24年1日のごとく、
男女を産むこと14人、うち夭折するもの5人、健康なる者9人あり。
正室にあらずといえどもその情正室に異なることなし。
余の終焉には介抱させんと期したりしに今ここ悲劇に遭う。
余の不幸これより大なるはなし。


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●前妻の子 英子/テオドラ 政治家尾崎行雄と結婚
●前妻の子 政子 アルフレッド・ジェームス・ヒューイットと結婚
●前妻の子 君子 スウェーデン人ヘンリック・オークテルロニーと結婚
●道枝の子 洵盛 次代当主 
●道枝の子 盛貞 戸田盛貞となる
●道枝の子 昌盛 
●後妻の子 寿子 官僚小野義一と結婚
●道枝の子 賀子 倉橋泰昌子爵と結婚
●道枝の子 望盛 高田望盛となる 伴田六之助の娘孝子と結婚
●道枝の子 朝子 銀行家斎藤福之助と結婚
●道枝の子 繁盛
●道枝の子 雄盛
●道枝の子 元子 官僚物部長穂と結婚


●盛貞 戸田盛貞となる




●昌盛




●望盛 高田望盛となる 伴田六之助の娘孝子と結婚




●賀子 倉橋泰昌子爵と結婚




●寿子 官僚小野義一と結婚






●朝子 銀行家斎藤福之助と結婚






●繁盛




●雄盛




●元子 官僚物部長穂と結婚








◆尾崎洵盛
明治13-




■妻 出雲大社千家尊福男爵の娘 多嘉子
明治23-




●華子
●龍子
●春盛
●京子
●玉子
●百合子
●福盛