中御門男爵家 中御門侯爵系

  • author: easthall
  • 2002/12/02


◆中御門経隆
1852-1930
もと公家中御門経之の子



■妻 岩倉具視公爵の養子岩倉具綱の娘 恭子
1865-1940



●経民  次代当主
●瓏子  大谷勝信夫人
●澄子  内田正吉子爵夫人
●敬子  矢部吉禎夫人
●経恭  中御門経恭侯爵となる 財閥三井高棟男爵の娘慶子と結婚
●佐保子 片谷傅造夫人


●佐保子 片谷傅造夫人






◆中御門経民
1893-1989



■妻 稲葉順通子爵の娘 華子
1903- 


●経国
●祥子





岩倉具経家子爵家 岩倉公爵系

  • author: easthall
  • 2002/12/01


◆岩倉具経 岩倉具視公爵の子 分家して子爵家を創設
1853-1890

2004(2)


1027(3)


1027(4)



■妻 東本願寺大谷光勝の娘 梭子


●具明  次代当主
●具広
●八千子 中島久万吉男爵と結婚
●具光  実業家岩下清周の娘花子と結婚
●具重  鮫島具重男爵となる 花房義質子爵の娘豊子と結婚


●八千子 中島久万吉男爵と結婚




●具重 鮫島具重男爵となる 花房義質子爵の娘豊子と結婚

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◆岩倉具明
1879-1942




■妻 富山藩主前田利声 知子
1887-1936




●具正  次代当主
●明子  坂本美夫と結婚
●治子  曽称修と結婚・吉本熊夫と再婚
●喜美子 鶴見正彦と結婚
●邦子  鹿子木健日子と結婚




◆岩倉具正
1904-1964


■妻 白土留彦の娘 鶴代


●千寿子
●明実
●倶代




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●岩倉具経の孫 岩倉具経→岩倉具光→具光の娘

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小野男爵家 御碕神社

  • author: easthall
  • 2002/05/07


◆小野尊光
嘉永02-昭和12年


■妻 塩見小兵衛の娘 セイコ
安政01-大正07


●綏子 千家尊愛夫人
●初子 岩田龍一郎夫人
●尊正 次代当主
●曽子 黒住教黒住宗子の前妻
●広子
●富子 黒住教黒住宗子の後妻
●吉子 軍人成瀬政彦夫人
●敏功 古川敏功となる
●友直 日御碕神社宮司
●鉄丸 瀬川鉄丸となる
●美津子 森谷和一郎夫人
●好子
●邦範 日置邦範となる
●庶子 鶴子 神谷健雄夫人
●庶子 節夫 一色節夫となる





◆小野尊正
明治10-


■妻 佐野常民伯爵の子佐野常樹の娘 米子
明治15-


●英子
●鑑子 新聞社長大島一郎夫人
●尊大
●勝彬 次代当主





◆小野勝彬
大正08-


■妻


●礼子
●高慶





華園男爵家 興正寺

  • author: easthall
  • 2002/05/06


◆華園摂信 公家鷹司政通の子
1808-1877 文化05-明治10


■妻 死別


※5男14女アリ


●晟子 30歳年上の公家裏辻公愛と結婚離婚・曽我祐準子爵と再婚
●沢称 次代当主
●信暁 東坊城任長子爵の娘成子と結婚・士族鈴木文子と再婚


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明治4年2月(1871)摂信の7女晟子20歳は公家裏辻公愛50歳と結婚する。
しかし30歳も年上の裏辻には、妾との間にすでに12歳から2歳までの4人の庶子があった。
結婚して4年後、明治8年3月(1875)妾との間にさらに男子が産まれた。
父摂信は娘晟子に「当方御可給にてもよろしく婦道を守るを善とす」と忍耐を促す手紙を送った。
摂信は裏辻に度重なる借金の連帯保証人になってもらっていたからである。
明治9年8月(1876)裏辻は単身上京、晟子は実家で暮らすという別居生活が始まった。
摂信は「妾はめでたく暇遣になり候」と喜んだが、明治10年(1877)に自分が死んでしまう。
明治11年(1878)裏辻は摂信の借金の連帯保証人になっていたため破産する。
さらに明治15年(1882)には政治に手を出して官憲に逮捕された。
晟子は裏辻の子を産むことなく離婚して、曽我祐準子爵と再婚できた。

信暁は京都府士族神原タツを妾にしていたが、分家が認められ一戸を構えることができたので、
東坊城任長子爵の娘成子と結婚した。
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◆華園沢称
1852- 嘉永05-


■妻 萩原員光子爵の娘 徳子
1859- 安政06-


●実子 準子 住職小笠原厳実夫人
●庶子 寛子
●実子 真淳
●実子 称心
●実子 称信
●庶子 称円
●実子 称念
●実子 称観
●庶子 称喜
●不明 良厳
●不明 称善
●庶子 称淳
●庶子 称





◆華園真淳
1884- 明治17-


■前妻 林竹三郎の娘 千賀子 離婚
1904- 明治37-




■後妻 井上幸一の娘 国明
1897- 明治30-


●咲子 武藤勇哉夫人
●実子 松谷貞治夫人
●茂
●香
●久  次代当主
●和子




◆華園真準
1925- 大正14-


■妻 医師三林隆吉の娘 昭子
1933- 昭和08-


●真暢
●正子
●淳子






渋谷男爵家 仏光寺

  • author: easthall
  • 2002/05/05


◆渋谷教応
天保15-慶応02
もと鷹司政通の子


■妻 明石藩主松平斉韶の娘 光子/辰子 
嘉永03-






◆渋谷家教
1862-1923 文久02-大正12 61歳没
もと伏見宮邦家親王の子 後に還俗して清棲家教伯爵となる


■妻 倉橋泰顕子爵の娘 満子
1861-1917 文久01-大正06 56歳没


●庶子 隆教





◆渋谷隆教
明治18-



■妻 九条道孝公爵の娘 篷子
明治24-



●方子 辻太郎男爵の養子辻精夫人
●有教 次代当主
●公子 小出英忠子爵夫人





■渋谷有教
大正06-


■妻 本照寺泉雄尊正の娘 笑子
大正14-


●彰
●暁
●修
●敬子