藤田男爵家 財閥

  • author: easthall
  • 2005/12/14


大阪本邸 大阪市北区網島町 (現:大阪市都島区網島町)


正門

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通用門
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邸内
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東京別邸
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◆藤田伝三郎
1841-1912 天保12-明治45



■前妻 阪井六郎右衛門の娘 通子


■後妻 平民木村平兵衛の娘 キタコ
安政02-



●平太郎 次代当主
●徳次郎 軍人黒田帯刀の娘勝子と結婚・三井高堅の養妹治子と再婚
●彦三郎 鶴殿忠善男爵の娘実子と結婚


●徳次郎 軍人黒田帯刀の娘勝子と結婚・三井高堅の養妹治子と再婚

前妻勝子


●彦三郎 鶴殿忠善男爵の娘実子と結婚







◆藤田平太郎●子供ナシ
明治02-



■妻 芳川顕正伯爵の娘 トミコ
明治15-






◆藤田光一
1910-1974
先代平太郎の甥/藤田徳次郎の子


■妻 勝精伯爵の娘 当子
大正05-


●直照
●周子





鴻池男爵家 財閥

  • author: easthall
  • 2005/12/13


◆鴻池善右衛門 幸富
1841-1920 天保12-大正09
もと山中又七長の子


■妻 長田純一の娘 殖子
嘉永04-大正08


●幸方  次代当主
●愛子  和田久左衛門夫人
●内子  大村彦太郎夫人
●善九郎 三井高保男爵の娘福子と結婚





◆鴻池善右衛門 幸方
1865-1931 慶応01-昭和06



■妻 三井高保男爵の娘 路子
明治02-



●幸昌  次代当主
●善九郎 鴻池新十郎となる
●福雄
●幸武  川村鉄太郎の娘恵美子と結婚
●幸久
●幸清  堀藤十郎の温子の婿養子になり堀幸清となる





◆鴻池善右衛門 幸昌
明治16-


■妻 鹿島清左衛門 孝子
明治26-

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●芳枝  山中真吾夫人
●正通  次代当主
●千代子 東久世秀雄男爵の子東久世秀禧夫人
●正敏  藤枝大俊の娘喜代子





◆鴻池善右衛門 正通
大正03-


■妻 太田清蔵の娘 礼子
大正11-


●千鶴子
●百合子





古河男爵家 財閥

  • author: easthall
  • 2005/12/12


◆古河市兵衛
1832-1903 天保03-明治36 71歳没




■妻 長谷川セイコ
1863- 文久03-


●虎之助 次々代当主
●鶴    実業家吉村万治郎夫人
●美代  社員木村豊吉夫人
●照子  小田川達朗夫人


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萬朝報 明治31年07月12日

鉱毒大尽古河市兵衛は有名なる畜妾家なるが、我輩の探り得たる者を挙ぐれば左の如し。
その1 浅草区須賀町に柳橋芸者【小清】こと長谷川セイ(36)
その2 日本橋区元柳町に同所の芸妓若松屋【丸子】こと坂野クニ(25)
その3 日本橋区新柳町渡船宿桝田屋生稲キクの養女ヨシ(19)
その4 日本橋区村松町に柳橋芸妓【小のぶ】こと長嶋フク(31)
その5 日本橋区浜町に吉原仲ノ町林屋の【カメコ】こと塙カメ(23)
その6 吉原仲ノ町引手茶屋竹治の【とし子】こと町田トク(16)という少女。
これは近頃京一の引手茶屋川越屋の取り持ちにてできたる女。

この他にまだ2,3人ある由なれば、分かり次第に記すべし。

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◆古河潤吉●妻子ナシ
1870-1905 明治03-明治38 35歳没
もと陸奥宗光伯爵の子





◆古河虎之助
1887-1940 明治20-昭和15 53歳没
初代市兵衛の子

*米コロンビア大学に留学


■妻 西郷従道侯爵の娘 不二子
1891- 明治24-







◆古河従純
1904-1967 明治37-昭和42 63歳没
もと西郷従徳侯爵の子

*米ハーバード大学に留学


■妻 元当主市兵衛の孫 幸子


●潤之助 次代当主
●久純
●正純
●建純
●直純





◆古河潤之助
1935- 昭和10-


■妻 久邇宮朝融王の娘 典子女王
1941- 昭和16-





住友男爵家 財閥

  • author: easthall
  • 2005/12/11


*当主は代々住友吉左衛門を名乗る。


◆住友友親
1843-1890 天保14-明治23 47歳没



■妻 登久子


●友忠  次代当主
●満寿子 婿養子を迎え次々代当主とする





◆住友友忠
1871-1890 明治04-明治23年 19歳没
父友親と同年に死亡





◆住友友純
1865-1926 元治01-大正15 61歳没


もと公家徳大寺公純の子 徳大寺実則の弟・西園寺公望の弟 婿養子になる


■妻 先々代友親の娘 満寿子
1874-1940



●孝子  鳥居忠文子爵の子忠輝と結婚して住友忠輝を名乗らせる
●寛一
●厚  次代当主住友友成となる
●元夫 酒井忠克伯爵の娘寿枝子と結婚


●孝子  鳥居忠文子爵の子忠輝と結婚して住友忠輝を名乗らせる


●寛一






◆住友友成
1909-1993 明治42-平成05 84歳没


■妻 西園寺八郎公爵の娘 春子 西園寺公望の孫
1913- 大正02-



●邦子 大学教授佐々木行美夫人 12歳の頃誘拐されたことがある
●博子 昭和電工安西直之夫人







大倉男爵家 財閥

  • author: easthall
  • 2005/12/10


◆大倉喜八郎
1837-1928 天保08-昭和03 90歳没






■妻 芸者 徳子
1855- 安政05-


※妾多数・庶子多数のため代表的な子供のみ

●庶子 文吉
●実子 鶴子 士族高島小金治夫人
●実子 時子 社員野口粂馬と結婚し分家大倉粂馬家となる
●実子 喜七郎 次代当主
●庶子 幸二
●庶子 雄二


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『明治豪商の夫人』明治36年出版

大倉喜八郎氏はそれまでに妻を迎えることは前後3回ばかりもあったけれども、
どうも凡物では気に入るはずもなく当時は3度目の妻を追い出しての一人暮らしに、
いつしか芸者買いの始まりがそもそも今の夫人と馴れ初むる発端であったとか。
徳子がその当時一方ならぬ御贔屓をしてくれた客というのは世間でよく噂する銅山王とやら。
銅山王も徳子が素敵な美人と性質の非凡なのを愛して、受け出してシャバの人間にしてやろうと思っていると、
大倉の大将も徳子を寵愛せられたびたびならず近くの待合料理店などに招き互いに語り合うては楽しんでいると、
いつしか銅山王の身請け問題が大倉の耳に入るとたまったものではない。
すぐさま占領してしまおうと思ったものの、銅山王が御寵愛の先口とかで
一応は銅山王に打ち明けそのうえ占領せねば国際公法の違反ともなるだろうと
右の次第を王に相談すると、かえって徳子の卓見を嘉賞し仲人の労を取られ
ここにめでたく大倉夫婦ができあがったのである。

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◆大倉喜七郎
1882-1963 明治15-昭和38 80歳没

*英ケンブリッジ大学に留学






■妻 溝口直正伯爵の娘 久美子
1889- 明治22-

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<大倉喜七郎&久美子の結婚披露宴の記事> 明治40年(1907)

大倉喜八郎氏令息喜七郎氏はさきに伊藤公爵の媒酌にて溝口伯爵令嬢久美子と結婚せしが、
午後2時より披露のため赤坂葵町の本邸にて園遊会を開きたり。
来賓は名士千余名にして新夫人の知友たる諸家の令嬢令夫人これに加わり、
その盛んなることは近時まれに見るものというべく、
3時より余興場を開き、4時半 主人夫婦および新郎新婦の挨拶あり、
食堂にては末松子爵発声にて大倉家の万歳を唱えたり。

当日お嫁さんの衣装は黒の紋羽二重でしたが、地模様は花菱で上品なものでした。
裾模様は松に紅葉で雲を彩どったのはたいそうよろしく、
帯は唐織で柳に橋の模様でしたが、地色が黄色でしたから黒との映りが非常によろしかったそうです。

午後4時半に食堂が開かれましたが、その時にはお嫁さんは衣装をお着替えになって古代紫の振袖でした。
裾模様などはすべて能生の意匠で、すこぶる込み入ったものでした。
帯は綴織で、扇の模様が美しく目立ちましたそうです。
洋々たる奏楽とともに一同食堂にはいりましたが、
やがて末松謙澄男爵の発声でシャンパンの杯を挙げつつ新夫婦の万歳を唱えられました。
花嫁のお友達がたくさん見えたから、淑女令夫人がすこぶる多かったので、いっそう目立って美しく見えました。
花嫁さんは極めて平民的で、来賓にビールなどをお酌なさいました。
始終愉快らしく笑顔をもって客にお会いなさいましたから、みな感心してほめていました。

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宮武外骨が書いた記事

<久美子夫人の不倫>

大倉喜七郎の女房久美子は先年役者買いを新聞にすっぱ抜かれ、
その後夫の許可を得ずしてはいかなる男とも面会はできなくなっている。

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●喜六郎 次代当主
●正子  目賀田綱美男爵の子目賀田重芳夫人
●テツコ 実業家浜口喜雄夫人


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●女子

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◆大倉喜六郎
1910-1989 明治43-平成01 79歳没


■妻 山本清二伯爵の娘千代子
1914- 大正03-


●喜彦