■東京本邸 東京市赤坂区青山南町
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◆24代 中山忠能 23代中山忠頼の子
1809-1888 79歳没
1879年 72歳
■妻 松浦愛子 平戸藩主松浦清の娘
1817-1906
●男子 中山忠愛 25代当主
●男子 中山公董 公家正親町公董となる
●男子 中山勝任 士族板倉勝任となる
●女子 中山慶子 孝明天皇の側室・明治天皇の生母
●女子 中山栄子 子爵本多正憲と結婚
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◆25代 中山忠愛 25代忠能の子
1832-1882 50歳没
●二男 中山孝麿 26代当主
●女子 中山種子
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◆26代 中山孝麿 26忠愛の子
1853-1919 66歳没
1879年 29歳
■前妻 四辻勝子/浅子 公家四辻公績の娘
1856-1902 46歳没
■後妻 成瀬三千代 成瀬正肥子爵の娘
1870年生
●二男 中山定政 今城定政子爵となる
●五男 中山輔親 27代当主
●七男 中山保親 錦織保親子爵となる
●長女 中山正子 花山院親家侯爵と結婚
●三女 中山徳子 渡辺修二男爵と結婚
●中山定政 今城定政子爵となる
●中山徳子 渡辺修二男爵と結婚
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◆27代 中山輔親 26代孝麿の子
1894-1980
■妻 九条豊子 九条道実公爵の娘
1899-1985
中山輔親&九条豊子
●二男 中山忠敬 28代当主
●長女 中山孝子 出雲大社千家尊祀と結婚
●二女 中山福子 実業家渡辺誠一郎と結婚
●三女 中山清子 岡野清輝と結婚
●1939年 中山孝子 1919年生・159センチ・学習院出身・趣味は音楽・手芸・テニス
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『横から見た華族物語』昭和7年出版
中山輔親侯爵にも華族の子弟に通有な、ひどく物驚きのしないおっとりとしたところがある。
先年北海道余市の金満家にかつがれて富士生命保険会社の社長になったことがある。
無論名義だけの社長で表看板に利用されたまでのことだが、名義だけにしても表面上相当の株を持たねばならぬからなにがしかの株を輔親侯爵の持株ということにした。
ところが実業家仲間のやりくりについては全然認識ゼロな輔親侯爵は、その株を名実とも自分の物だと思い込んでしまったから会社側では閉口してしまった。
いくら説明しても、この持株は形式だけのもので実際の権利も義務もないものだと言っても、輔親侯爵の方では承知しない。
払い込みは一文もしないでおいて、持主が自分名義である以上当然利益配当も受くべきものだとがんとして動かぬので一同も弱り切った結果、名義上の輔親侯爵の社長を解除して壬生基義伯爵へ乗り換えたなどの珍談がある。
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◆28代 中山忠敬 27代輔親の子
1923年生
■妻 伊藤雪子 伊藤博精公爵の娘
1928年生
●長男
●長女
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◆24代 中山忠能 23代中山忠頼の子
1809-1888 79歳没
1879年 72歳
■妻 松浦愛子 平戸藩主松浦清の娘
1817-1906
●男子 中山忠愛 25代当主
●男子 中山公董 公家正親町公董となる
●男子 中山勝任 士族板倉勝任となる
●女子 中山慶子 孝明天皇の側室・明治天皇の生母
●女子 中山栄子 子爵本多正憲と結婚
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◆25代 中山忠愛 25代忠能の子
1832-1882 50歳没
●二男 中山孝麿 26代当主
●女子 中山種子
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◆26代 中山孝麿 26忠愛の子
1853-1919 66歳没
1879年 29歳
■前妻 四辻勝子/浅子 公家四辻公績の娘
1856-1902 46歳没
■後妻 成瀬三千代 成瀬正肥子爵の娘
1870年生
●二男 中山定政 今城定政子爵となる
●五男 中山輔親 27代当主
●七男 中山保親 錦織保親子爵となる
●長女 中山正子 花山院親家侯爵と結婚
●三女 中山徳子 渡辺修二男爵と結婚
●中山定政 今城定政子爵となる
●中山徳子 渡辺修二男爵と結婚
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◆27代 中山輔親 26代孝麿の子
1894-1980
■妻 九条豊子 九条道実公爵の娘
1899-1985
中山輔親&九条豊子
●二男 中山忠敬 28代当主
●長女 中山孝子 出雲大社千家尊祀と結婚
●二女 中山福子 実業家渡辺誠一郎と結婚
●三女 中山清子 岡野清輝と結婚
●1939年 中山孝子 1919年生・159センチ・学習院出身・趣味は音楽・手芸・テニス
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『横から見た華族物語』昭和7年出版
中山輔親侯爵にも華族の子弟に通有な、ひどく物驚きのしないおっとりとしたところがある。
先年北海道余市の金満家にかつがれて富士生命保険会社の社長になったことがある。
無論名義だけの社長で表看板に利用されたまでのことだが、名義だけにしても表面上相当の株を持たねばならぬからなにがしかの株を輔親侯爵の持株ということにした。
ところが実業家仲間のやりくりについては全然認識ゼロな輔親侯爵は、その株を名実とも自分の物だと思い込んでしまったから会社側では閉口してしまった。
いくら説明しても、この持株は形式だけのもので実際の権利も義務もないものだと言っても、輔親侯爵の方では承知しない。
払い込みは一文もしないでおいて、持主が自分名義である以上当然利益配当も受くべきものだとがんとして動かぬので一同も弱り切った結果、名義上の輔親侯爵の社長を解除して壬生基義伯爵へ乗り換えたなどの珍談がある。
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◆28代 中山忠敬 27代輔親の子
1923年生
■妻 伊藤雪子 伊藤博精公爵の娘
1928年生
●長男
●長女









