◆12代 津軽承昭 熊本藩主細川斉護の子・婿養子になる
1840-1916 75歳没

1879年 40歳
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■前妻 津軽常子 11代津軽順承の娘・死別
1839-1861 22歳没


■後妻 近衛尹子 公家近衛忠熙の娘
1848-1900 52歳没



●庶子 津軽楢麿  男爵津軽楢麿となる

●庶子 津軽理喜子 子爵細川行真の子細川行雄が婿養子になるが離婚
●庶子 津軽寛子  男爵徳川義恕と結婚→子は14代当主津軽義孝


左側:細川護立侯爵&博子夫妻 右側:理喜子&津軽行雄男爵夫妻
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●津軽理喜子 子爵細川行真の子細川行雄が婿養子になるが離婚
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◆13代 津軽英麿  公家近衛忠房の子
1872-1919 47歳没




■妻  小笠原照子 伯爵小笠原忠忱の娘 
1887-1972 85歳没
















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12代津軽承昭は男子を次々と失ったため、理喜子の婿養子にする予定で近衛家から英麿を養子に迎えたが、その翌年妾に男子楢麿が生まれてしまう。
承昭は自分の息子を後継ぎにしたかったが、本家筋にあたる近衛家から迎えた養子を廃嫡するわけにもいかず、結局宮内省に泣きついて楢麿の方を分家させて男爵にしてもらう。

しかし英麿は14歳でドイツに留学したまま18年も帰らず、32歳で帰国した時には理喜子と結婚するのを嫌がった。
承昭は仕方なく良縁を求め、小笠原伯爵家の娘照子と結婚させた。
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◆14代 津軽義孝 12代承昭の孫/男爵徳川義恕の子
1907-1994

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■妻  毛利久子 子爵毛利元雄の娘
1911-2004



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●長女 津軽泰子  西田幾多郎の孫西田幾久彦と結婚
●二女 津軽実枝子 凸版印刷山田英夫と結婚
●三女 津軽明子  高野実と結婚
●四女 津軽華子  常陸宮正仁親王妃


●津軽華子 常陸宮正仁親王妃
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