◆初代伯爵 牧野伸顕 大久保利通侯爵の子・養子になる 内大臣・宮内大臣
1861-1949 87歳没
ニューヨークで 留学中
■妻 三島峰子 三島通庸子爵の娘
1870-1944 74歳没
1888年
1889年
イタリアで
●男子 牧野伸通 2代当主
●女子 牧野雪子 総理大臣吉田茂と結婚→孫は総理大臣麻生太郎・三笠宮寛仁親王妃信子
●女子 牧野利武子 秋月種英子爵と結婚
1900年 ウィーンで 左から 伸顕の兄大久保利武侯爵・伸通・峰子夫人・牧野伸顕
ウィーンで 左から 雪子・峰子夫人
●牧野雪子 総理大臣吉田茂と結婚→孫は総理大臣麻生太郎・三笠宮寛仁親王妃信子
●牧野利武子 秋月種英子爵と結婚
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土方梅子 牧野峰子の姪・三島弥太郎子爵の娘・土方久敬伯爵の妻
牧野伸顕と結婚した叔母〔牧野峰子〕は隣に住み、毎日のように祖母のいるお離れに来ておりました。
峰子と園子は鹿鳴館の花形で、牧野伸顕は鹿鳴館で峰子を見初め是非にと言われましたが、次女ですから長女より先に嫁入るわけにはいかないと断りましたら、それでは自分の尊敬する先輩を紹介するからと秋月の叔父を園子に紹介し、二人の叔母の結婚が決まりました。
二人の叔母は学習院女子部第一回卒業生でしたが、牧野の叔母は鶴の一声という感じで同窓会を牛耳っておりました。
牧野伸顕も是非にと望んで結婚した叔母でしたが、その気の強さにはいささか困ったのではないでしょうか。
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『現代評判 美人の戸籍しらべ』大正8年出版
この峰子が牧野夫人になるまでには美しいロマンスがある。
鹿鳴館でその優しい容姿は貴公子達の胸を躍らせたものである。
ヨーロッパ留学から帰った牧野君もその一人で、ついに成功の冠はこの人の頭に加えられて三島峰子は牧野峰子になった。
峰子は無邪気快活であり何事にもテキパキした女性で、妙齢の頃には男を男とも思わぬぐらいで、父が父であるだけに権柄ぶるとも言われたぐらいであるが、妙齢の頃に多少の非難を受けた峰子夫人の快活な気分は、決して今日も失われていない。
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『倉富勇三郎日記』枢密院議長※当時は枢密顧問官
1923年1月23日
※倉富&宮内官僚小原駩吉の会話
小原◆牧野は夫婦揃いて看護婦嫌いの趣にて、自分は峰子夫人がこれを嫌う事と思いおりたるも、実際伸顕も大嫌いにて看護婦と言うだけにても気色が悪しきくらいなる趣なり。伸顕の養生を易うるには夫人の考えを変えざれば出来がたき事なるが、只今の所にてはその工夫なし。
倉富◆夫人は三島より嫁したる者なるが父弥太郎も死去したるにつき、夫人を説得する適当の人なからん。
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土方梅子 牧野峰子の姪・三島弥太郎子爵の娘・土方久敬伯爵の妻
牧野の長女雪子はイトコの中で最年長でしたが、色白の優しい人でみんなに慕われていました。
後に吉田茂と結婚しますが、これは叔父が部下の中から利け者と認めて選んだのです。
しかし雪子は吉田茂と結婚するよう命令された時は嫌で卒倒したとの話も伝わっています。
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岡部長章『回想記』昭和天皇の侍従
行幸の際の御供の時に着用する供奉服があります。
黒色の詰め衿で、長剣を帯びます。
カフスと襟には黒の絹糸で菊の唐草が刺繍してある渋いものです。
勅任官・親任官は胸部にも刺繍が施されています。
小出侍従の説明では「これは飾りの剣ではない。身をもってお守りするのだから、研げば切れるのだ」とのことでした。
「前宮内大臣牧野伸顕伯爵の剣は竹光だ」とも聞かされました。
「牧野伯爵の鞘の中身は竹製に違いない。老大臣の牧野伯爵には鉄剣の重さは無理だから」ということでした。
実にさもありなんと思ったものです。
内大臣の中で毎日宮城に勤めて苦労されたのは、湯浅倉平さんでした。
その前の牧野伸顕さんは月に1度しか出勤しなかったと聞きました。
二二六事件の時なども湯河原の天の屋別館に行っていたのです。
牧野内府はそういう状態でしたから、二二六事件の時には宮内大臣の湯浅さんが詰め切りで、牧野内府に代わって陛下のご相談相手になっていたのです。
私が任官した時にも「牧野さんはめったに出てこないんだから、あれではどうにもならない」という話をよく聞きました。
湯浅さんが内大臣になり、松平恒雄駐米大使が新しく宮内大臣に親任された時が、一番宮内省が充実していた時代だという声もありました。
その湯浅さんがが病気で退官して、人がいないものだから近衛首相が近衛内閣の国務大臣木戸幸一を擁して内大臣にしたのです。
木戸内府は毎日出てきてはいましたが、日常的に接している私たち侍従の目からは湯浅内府とはずいぶん違って見え、沢本砲兵大佐などは小柄な木戸さんの目が鋭く知恵者らしい風貌から、「猛禽類」だと評したことがありました。
この「猛禽類」というのは陸軍では評判の良い人物につけるあだ名とされています。
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◆2代 牧野伸通 1代牧野伸顕の子
1891-1956 65歳没
■妻 鍋島純子 鍋島直明男爵の娘・美智子皇后が皇太子妃時代の東宮女官長
1900-1990
1917年 18歳
●男子 牧野伸和 3代当主
●女子 牧野貞子 大学教授林友春と結婚
●女子 牧野淑子 豊年製油杉山元太郎と結婚
●女子 牧野美知子
1935年 左から 美知子・牧野伸顕・大が伸和・小が淑子・大久保利武・貞子
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岩崎藤子 牧野伸通のイトコ・大久保利通侯爵の孫・伊集院彦吉男爵の娘
牧野純子さんと私は義理のイトコというだけでなく、お長唄などをご一緒にお稽古しましたりして仲良しだったものでございますから、よく牧野の家に泊まったりしておりました。
純子さんは戦後に東宮女官長として美智子妃にお仕えしましたが、牧野に来るまでは鍋島家のお姫様で、それこそ女官長になった時に初めて靴をはくのに苦労したという古風な女性でした。
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◆3代 牧野伸和 2代牧野伸通の子
1921-1999
■妻 交野民子 交野政邁子爵の娘
1927年生
●長男
1861-1949 87歳没
ニューヨークで 留学中
■妻 三島峰子 三島通庸子爵の娘
1870-1944 74歳没
1888年
1889年
イタリアで
●男子 牧野伸通 2代当主
●女子 牧野雪子 総理大臣吉田茂と結婚→孫は総理大臣麻生太郎・三笠宮寛仁親王妃信子
●女子 牧野利武子 秋月種英子爵と結婚
1900年 ウィーンで 左から 伸顕の兄大久保利武侯爵・伸通・峰子夫人・牧野伸顕
ウィーンで 左から 雪子・峰子夫人
●牧野雪子 総理大臣吉田茂と結婚→孫は総理大臣麻生太郎・三笠宮寛仁親王妃信子
●牧野利武子 秋月種英子爵と結婚
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土方梅子 牧野峰子の姪・三島弥太郎子爵の娘・土方久敬伯爵の妻
牧野伸顕と結婚した叔母〔牧野峰子〕は隣に住み、毎日のように祖母のいるお離れに来ておりました。
峰子と園子は鹿鳴館の花形で、牧野伸顕は鹿鳴館で峰子を見初め是非にと言われましたが、次女ですから長女より先に嫁入るわけにはいかないと断りましたら、それでは自分の尊敬する先輩を紹介するからと秋月の叔父を園子に紹介し、二人の叔母の結婚が決まりました。
二人の叔母は学習院女子部第一回卒業生でしたが、牧野の叔母は鶴の一声という感じで同窓会を牛耳っておりました。
牧野伸顕も是非にと望んで結婚した叔母でしたが、その気の強さにはいささか困ったのではないでしょうか。
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『現代評判 美人の戸籍しらべ』大正8年出版
この峰子が牧野夫人になるまでには美しいロマンスがある。
鹿鳴館でその優しい容姿は貴公子達の胸を躍らせたものである。
ヨーロッパ留学から帰った牧野君もその一人で、ついに成功の冠はこの人の頭に加えられて三島峰子は牧野峰子になった。
峰子は無邪気快活であり何事にもテキパキした女性で、妙齢の頃には男を男とも思わぬぐらいで、父が父であるだけに権柄ぶるとも言われたぐらいであるが、妙齢の頃に多少の非難を受けた峰子夫人の快活な気分は、決して今日も失われていない。
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『倉富勇三郎日記』枢密院議長※当時は枢密顧問官
1923年1月23日
※倉富&宮内官僚小原駩吉の会話
小原◆牧野は夫婦揃いて看護婦嫌いの趣にて、自分は峰子夫人がこれを嫌う事と思いおりたるも、実際伸顕も大嫌いにて看護婦と言うだけにても気色が悪しきくらいなる趣なり。伸顕の養生を易うるには夫人の考えを変えざれば出来がたき事なるが、只今の所にてはその工夫なし。
倉富◆夫人は三島より嫁したる者なるが父弥太郎も死去したるにつき、夫人を説得する適当の人なからん。
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土方梅子 牧野峰子の姪・三島弥太郎子爵の娘・土方久敬伯爵の妻
牧野の長女雪子はイトコの中で最年長でしたが、色白の優しい人でみんなに慕われていました。
後に吉田茂と結婚しますが、これは叔父が部下の中から利け者と認めて選んだのです。
しかし雪子は吉田茂と結婚するよう命令された時は嫌で卒倒したとの話も伝わっています。
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岡部長章『回想記』昭和天皇の侍従
行幸の際の御供の時に着用する供奉服があります。
黒色の詰め衿で、長剣を帯びます。
カフスと襟には黒の絹糸で菊の唐草が刺繍してある渋いものです。
勅任官・親任官は胸部にも刺繍が施されています。
小出侍従の説明では「これは飾りの剣ではない。身をもってお守りするのだから、研げば切れるのだ」とのことでした。
「前宮内大臣牧野伸顕伯爵の剣は竹光だ」とも聞かされました。
「牧野伯爵の鞘の中身は竹製に違いない。老大臣の牧野伯爵には鉄剣の重さは無理だから」ということでした。
実にさもありなんと思ったものです。
内大臣の中で毎日宮城に勤めて苦労されたのは、湯浅倉平さんでした。
その前の牧野伸顕さんは月に1度しか出勤しなかったと聞きました。
二二六事件の時なども湯河原の天の屋別館に行っていたのです。
牧野内府はそういう状態でしたから、二二六事件の時には宮内大臣の湯浅さんが詰め切りで、牧野内府に代わって陛下のご相談相手になっていたのです。
私が任官した時にも「牧野さんはめったに出てこないんだから、あれではどうにもならない」という話をよく聞きました。
湯浅さんが内大臣になり、松平恒雄駐米大使が新しく宮内大臣に親任された時が、一番宮内省が充実していた時代だという声もありました。
その湯浅さんがが病気で退官して、人がいないものだから近衛首相が近衛内閣の国務大臣木戸幸一を擁して内大臣にしたのです。
木戸内府は毎日出てきてはいましたが、日常的に接している私たち侍従の目からは湯浅内府とはずいぶん違って見え、沢本砲兵大佐などは小柄な木戸さんの目が鋭く知恵者らしい風貌から、「猛禽類」だと評したことがありました。
この「猛禽類」というのは陸軍では評判の良い人物につけるあだ名とされています。
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◆2代 牧野伸通 1代牧野伸顕の子
1891-1956 65歳没
■妻 鍋島純子 鍋島直明男爵の娘・美智子皇后が皇太子妃時代の東宮女官長
1900-1990
1917年 18歳
●男子 牧野伸和 3代当主
●女子 牧野貞子 大学教授林友春と結婚
●女子 牧野淑子 豊年製油杉山元太郎と結婚
●女子 牧野美知子
1935年 左から 美知子・牧野伸顕・大が伸和・小が淑子・大久保利武・貞子
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岩崎藤子 牧野伸通のイトコ・大久保利通侯爵の孫・伊集院彦吉男爵の娘
牧野純子さんと私は義理のイトコというだけでなく、お長唄などをご一緒にお稽古しましたりして仲良しだったものでございますから、よく牧野の家に泊まったりしておりました。
純子さんは戦後に東宮女官長として美智子妃にお仕えしましたが、牧野に来るまでは鍋島家のお姫様で、それこそ女官長になった時に初めて靴をはくのに苦労したという古風な女性でした。
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◆3代 牧野伸和 2代牧野伸通の子
1921-1999
■妻 交野民子 交野政邁子爵の娘
1927年生
●長男















