■東京本邸 麻布区本村町

■東京本邸 東京市赤坂区青山南町
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◆初代男爵 田健治郎 実家は兵庫県の庄屋 大臣を歴任
1855-1930


■前妻   佐野光子 死別
1861-1888


■後妻   重野ヤスコ 士族重野安居の娘
1871-1935


●前妻の子 田篤  2代当主
●後妻の子 田誠  外務官僚本尾敬三郎の娘栄子と結婚→子は政治家田英夫
●後妻の子 田正
●後妻の子 田勤
●後妻の子 田勲

●後妻の子 田芳子 陸軍武田額三と結婚
●後妻の子 田輝子 安場保健男爵と結婚
●後妻の子 田雅子 町田襄治と結婚
●後妻の子 田季子 野村正二郎男爵と結婚


田健治郎男爵


田ヤスコ夫人


●田芳子 陸軍武田額三と結婚


●田輝子 安場保健男爵と結婚




●田雅子 町田襄治と結婚


1925年
1925-1009


●田季子 野村正二郎男爵と結婚


田季子 1928年 21歳
1928-3021



●田健治郎の孫/田誠の娘
3281



●田健治郎の孫/田誠の娘 田美智子 1920年生・156センチ・学習院出身・趣味は英語・スキー
0058



●田英夫 田健治郎の孫/田誠の子
19800515



1918年「寺内正毅四天王」
5501



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宮武外骨『地獄耳』1918年

田健治郎は多摩川の自宅に電話を架設するのが唯一の目的で同地を電話区域に編入したが、お蔭で逓信省では数万円かかったという。
私利私益のために我らの膏血の結晶を浪費して憚らざるところは、さすが邏卒あがりの偉物である。
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◆2代 田篤   1代健治郎の子
1884-1959


■妻  奥田美枝 技師奥田象三の娘 
1891-1933




●男子 田健一  3代
●男子 田襄二  宮地汽船社長宮地民之助の養子になり宮地襄二となる
●男子 田敬三

●女子 田喜多子 那須アルミニウム林協と結婚
●女子 田佐喜子 照護寺住職武田照淳と結婚
●女子 田喜代子 本田保次と結婚


1929年 田喜多子19歳
1929-4002



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◆3代 田健一  2代篤の子
1914年生


■妻  本田幸子 本田丑松の娘 
1928年生


●長男
●長女