◆初代伯爵 勝海舟 海軍卿
1823-1899 75歳没
*身長5尺(156センチ)
*9歳の時に犬に睾丸を噛まれて重傷を負い、70日間寝込んだ。
*勝海舟の健康法は瀉血で、自ら愛用の小刀で後頭部や指を切って血を抜いていた。
*風呂上がりに脳梗塞で死亡。
1860年 サンフランシスコで
1879 58歳
■妻 民子 芸者
1821-1905 84歳没
*最大時4人の妾と同居していた
椅子の羽織の女性が民子夫人
●実子 勝小鹿 →娘伊代子は2代当主勝精の妻
●実子 勝四郎
●庶子 勝梶梅太郎 アメリカ人女性クララ・ホイットニーと離婚
●庶子 勝義徴
●実子 勝夢子
●実子 勝孝子
●庶子 勝逸子 男爵目賀田種太郎と結婚
●庶子 勝妙子
●勝小鹿 1879年 29歳
●勝逸子 男爵目賀田種太郎と結婚 1910年
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万朝報 1898年
伯爵勝海舟は古くよりイト(59歳)なる妾を畜えしが、家再興のためイトをその生家に復籍せしめ増田姓を名乗らせることとし、今なお旧のごとく自宅に養い置く。
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★クララ・ホイットニー 梶梅太郎と離婚
1860-1936 76歳没
明治8年、15歳のクララは宣教師の父・母・兄・妹とともに来日する。
明治19年、26歳の時に4歳年下の梅太郎と出来ちゃった結婚。
その後1男5女に恵まれたが、勝海舟の死により援助を失った梅太郎一家は生活に困窮するようになった。
明治33年、クララは14年の結婚生活にピリオドを打ち、6人の子供を連れてアメリカに帰国する。
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◆2代 勝精 将軍徳川慶喜の子・婿養子になる
1888-1932 44歳没
*妾と心中して死亡
■妻 勝伊代子 1代海舟の姪
1888-1922 34歳没
●男子 勝芳孝 3代当主
●女子 勝道子 子爵朽木綱博と結婚
●女子 勝善子 士族筧元貞と結婚
●女子 勝静子 子爵石野基恒と結婚
●女子 勝中子 子爵戸田忠庸の子戸田忠和と結婚
●女子 勝当子 財閥藤田光一男爵と結婚
左から 善子・道子・芳孝・当子・伊代子夫人・静子・中子
1929年 左:勝善子19歳→士族筧元貞と結婚 右:勝道子21歳→子爵朽木綱博と結婚
●勝道子 子爵朽木綱博と結婚 1927年
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慶喜の息子たちはみな慶喜に似て趣味人で、趣味の範囲が広い。
しかし、慶喜と同じく趣味であろうと女であろうと、対象に凝りすぎ没頭しすぎる傾向があった。
勝海舟の養子となった精も趣味人で、狩猟・投網・ビリヤードなど玄人はだしだったと言われる。
自動ドアの発明などさまざまな発明にも凝った。
また大酒飲みで、毎日ウイスキーを2,3本空けた。
女遊びも好きで、赤坂に毎晩通い続けていた。
妻伊代子と死別すると水野マサを妾として、広尾に家賃57円の邸宅を借りてやる。
精は午後になるとマサの家に行き、朝自宅に帰るという生活を送っていた。
マサは正妻となることを望んでいたが無理なことと、病気がちであったことで人生を悲観し始める。
昭和7年7月10日、二人はカルモチンを飲んで心中する。
枕元には精が書き込んだ電報用紙3枚が残されていた。
勝家は脳溢血と発表して葬式を済ませたが、マスコミが心中であることをつかみスキャンダルとなる。
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水戸徳川圀順
〔勝精は〕とても器用な人で、なんでもできましたね。
運動もうまかったし、玉突きも上手だった。
猟も大好きで、鉄砲がとても上手だった。
玉を当てるのがうまい筋なんだな
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◆3代 勝芳孝 2代勝精の子
1915年生
■妻 坂元和子 坂本英一の娘
1925年生
●長男
1823-1899 75歳没
*身長5尺(156センチ)
*9歳の時に犬に睾丸を噛まれて重傷を負い、70日間寝込んだ。
*勝海舟の健康法は瀉血で、自ら愛用の小刀で後頭部や指を切って血を抜いていた。
*風呂上がりに脳梗塞で死亡。
1860年 サンフランシスコで
1879 58歳
■妻 民子 芸者
1821-1905 84歳没
*最大時4人の妾と同居していた
椅子の羽織の女性が民子夫人
●実子 勝小鹿 →娘伊代子は2代当主勝精の妻
●実子 勝四郎
●庶子 勝梶梅太郎 アメリカ人女性クララ・ホイットニーと離婚
●庶子 勝義徴
●実子 勝夢子
●実子 勝孝子
●庶子 勝逸子 男爵目賀田種太郎と結婚
●庶子 勝妙子
●勝小鹿 1879年 29歳
●勝逸子 男爵目賀田種太郎と結婚 1910年
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万朝報 1898年
伯爵勝海舟は古くよりイト(59歳)なる妾を畜えしが、家再興のためイトをその生家に復籍せしめ増田姓を名乗らせることとし、今なお旧のごとく自宅に養い置く。
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★クララ・ホイットニー 梶梅太郎と離婚
1860-1936 76歳没
明治8年、15歳のクララは宣教師の父・母・兄・妹とともに来日する。
明治19年、26歳の時に4歳年下の梅太郎と出来ちゃった結婚。
その後1男5女に恵まれたが、勝海舟の死により援助を失った梅太郎一家は生活に困窮するようになった。
明治33年、クララは14年の結婚生活にピリオドを打ち、6人の子供を連れてアメリカに帰国する。
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◆2代 勝精 将軍徳川慶喜の子・婿養子になる
1888-1932 44歳没
*妾と心中して死亡
■妻 勝伊代子 1代海舟の姪
1888-1922 34歳没
●男子 勝芳孝 3代当主
●女子 勝道子 子爵朽木綱博と結婚
●女子 勝善子 士族筧元貞と結婚
●女子 勝静子 子爵石野基恒と結婚
●女子 勝中子 子爵戸田忠庸の子戸田忠和と結婚
●女子 勝当子 財閥藤田光一男爵と結婚
左から 善子・道子・芳孝・当子・伊代子夫人・静子・中子
1929年 左:勝善子19歳→士族筧元貞と結婚 右:勝道子21歳→子爵朽木綱博と結婚
●勝道子 子爵朽木綱博と結婚 1927年
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慶喜の息子たちはみな慶喜に似て趣味人で、趣味の範囲が広い。
しかし、慶喜と同じく趣味であろうと女であろうと、対象に凝りすぎ没頭しすぎる傾向があった。
勝海舟の養子となった精も趣味人で、狩猟・投網・ビリヤードなど玄人はだしだったと言われる。
自動ドアの発明などさまざまな発明にも凝った。
また大酒飲みで、毎日ウイスキーを2,3本空けた。
女遊びも好きで、赤坂に毎晩通い続けていた。
妻伊代子と死別すると水野マサを妾として、広尾に家賃57円の邸宅を借りてやる。
精は午後になるとマサの家に行き、朝自宅に帰るという生活を送っていた。
マサは正妻となることを望んでいたが無理なことと、病気がちであったことで人生を悲観し始める。
昭和7年7月10日、二人はカルモチンを飲んで心中する。
枕元には精が書き込んだ電報用紙3枚が残されていた。
勝家は脳溢血と発表して葬式を済ませたが、マスコミが心中であることをつかみスキャンダルとなる。
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水戸徳川圀順
〔勝精は〕とても器用な人で、なんでもできましたね。
運動もうまかったし、玉突きも上手だった。
猟も大好きで、鉄砲がとても上手だった。
玉を当てるのがうまい筋なんだな
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◆3代 勝芳孝 2代勝精の子
1915年生
■妻 坂元和子 坂本英一の娘
1925年生
●長男















