直球和館

2025年

2005/01

◆8代 豊岡随資  7代豊岡治資の子
1814-1886

1879年 67歳
0067a



■妻  綾小路俊子 公家綾小路有長の娘
1814-1898


●男子 豊岡健資  9代当主
●女子 豊岡穆子


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◆9代 豊岡健資 8代随資の子
1805-1892

1879年 36歳
0036k



■前妻 冷泉栄子 公家冷泉為理の娘


■後妻 山崎氏


●男子 豊岡駒千代 加地駒千代となる
●男子 豊岡庸雄  子爵外山光庸となる
●男子 豊岡圭資  10代当主
●男子 豊岡孝雄  大橋房太郎の娘大橋千代と結婚

●女子 豊岡長子
●女子 豊岡昭子  子爵藤谷為寛と結婚


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◆10代 豊岡圭資  9代健資の子
1880-1939

1084(1)



■妻  日野スエ  仏職日野沢依の娘
1888-1950

1084(2)



●男子 豊岡烈資  11代当主
●男子 豊岡英資  子爵外山英資となる
●男子 豊岡晃   加地晃となる
●男子 豊岡博   梶博となる

●女子 豊岡芳子  素封家松平家栄と結婚
●女子 豊岡鈴子  亀割実と結婚
●女子 豊岡晴子


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◆11代 豊岡烈資 10代圭資の子
1905-1975


■妻  関戸美代 関戸藤助の娘
1914年生


●男子 豊岡啓資 12代当主
●男子 豊岡通資


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◆12代 豊岡啓資 11代烈資の子
1941年生


■妻  竹嶋ミドリ 竹嶋誠の娘
1948年生


●長男
●二男

◆40代 日野資貴 39代日野資宗の子
1861-1921

1879年 20歳
0020



■妻  長谷川哥埜 長谷川雪顕の娘


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◆41代 日野資秀 公家柳原光愛の子・婿養子になる
1863-1903

1879年 18歳
0018b



■前妻 日野斐子 39代日野資宗の娘
1860-1884


■後妻 三島鶴子 子爵三島通庸の娘
1878-1937

1051



●男子 日野資謙 42代当主

●女子 日野清子 男爵伊集院松治と結婚
●女子 日野花子 婿養子を迎え43代当主とする


●日野清子 男爵伊集院松治と結婚
1053



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◆42代 日野資謙 41代資秀の子
1903-1925

1052



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◆43代 日野捷郎 子爵実吉安純の子・婿養子になるが離婚
1895-1962

1219(2)



■妻  日野花子 41代日野資秀の娘
1902-1931

1054



●男子 日野資純 44代当主


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◆44代 日野資純 43代捷郎の子
1926年生


■妻  萩原朝子 萩原与助の娘
1930年生


●長男
●二男
●長女

◆28代 勧修寺顕允 27代勧修寺経理の子
1855-1900

1879年 26歳
0026d



■妻  小笠原玉子 小笠原長清の娘
1857-1934


●男子 勧修寺経雄 29代当主
●男子 勧修寺允雄
●男子 勧修寺彰雄
●男子 勧修寺鎮雄
●男子 勧修寺信忍 30代当主


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◆29代 勧修寺経雄 28代顕允の子
1882-1936


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◆30代 勧修寺信忍 29代経雄の弟/28代顕允の子
1900-1972


■妻  小谷トヨ  伊東善七の実娘・小谷金次郎の養女
1908年生


●長男
●二男
●長女
●二女

◆9代 勘解由小路資生 公家裏松恭光の子・婿養子になる
1827-1893

1879年 54歳
0054c



■妻  勘解由小路咏子 8代勘解由小路光宙の娘


★側室 藤島      小林文蔵の娘


●庶子 勘解由小路資承 10代当主

●庶子 勘解由小路秋子 武者小路実世子爵と結婚
●庶子 勘解由小路立子 甘露寺義長伯爵と結婚
●庶子 勘解由小路直子 秋田の大地主二田是儀と結婚・川口武定男爵と再婚
●庶子 勘解由小路操子 烏丸光亨伯爵と結婚


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作家 武者小路実篤 勘解由小路秋子の子

神田錦町にあった母の実家は堂々たる西洋館に見えた。
祖父資生は学者肌で、公卿華族の中でも漢学に詳しく、本を読むことが何より好きで、書斎にはいっさい人を入れないので塵がたまって、下駄を履いて出入していた。

母は同胞の内で一番父親に似ているらしい。
父親は学問好きで君子人のような人だったらしい。
みなに尊敬されていたが、一人で物を考えるのが好きで、自己を押し通すことが嫌いで、
「自分のような人間が生きているのは、お国に対して済まない」とよく言っていたそうだ。

この祖父がなぜ妾を置いていたかと言うと、祖父の結婚相手が白痴に近いので、実家から妾を付けて寄こしたのだそうだ。
この妾なら本妻を大事にしてくれるという考えで寄こされたのが藤島であった。
非常に快活な忠実な、働くことの好きな人であった。

勘解由小路直子は母の妹の内で一番美しい叔母だった。

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■夫  勘解由小路光尚 8代勘解由小路光宙の子
1842-1893

*1885年、除籍

1879年 39歳
0039r



■妻  池尻安佐子    公家池尻延房の娘


●庶子 勘解由小路喜根子 士族指田正晴と結婚
●実子 勘解由小路富久子 石井千太郎と離婚・公家甘露寺順長と結婚


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◆10代 勘解由小路資承 9代資生の子
1860-1900

1879年 21歳
0021b


1035(1)



■妻  副島豊子 副島種臣伯爵の娘
1868-1943

1035(2)



●男子 勘解由小路光生 1915年廃嫡 

●庶子 勘解由小路康子 川口武定男爵の子川口武孝と死別・作家志賀直哉と再婚
●女子 勘解由小路好子 松村義一と結婚→子は11代当主松村資淳


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勘解由小路資承は9歳の時から宮中に出仕、父光尚死亡で家督相続をきっかけに辞職。
義弟の烏丸光亨と共にセメント会社を経営するが倒産、神奈川県三浦で晴耕雨読の生活に入る。
酒も煙草も辞め、麦入りの米を食べ、肥料を担ぎ、仏典やトルストイを愛読し、僧侶になりたいと言っていた。
地元民は「三浦の殿様」と呼んでいた。
結局貴族院議員に復帰し、松戸の中学校長などを歴任した。
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武者小路実篤

※勘解由小路康子は男爵川口武定の子川口武孝と結婚するも3年で死別、
イトコ武者小路実篤はその娘川口喜久子を引き取って、康子を作家志賀直哉と再婚させる

今日は康ちゃんの婚礼の日である。
しかし夫となる人〔川口武孝〕は肋膜で寝ている。
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作家志賀直哉から画家有馬生馬への手紙 1908年4月21日

武者小路実篤の叔父さんの息子〔勘解由小路光生〕はどこかに預けてあるのだそうだが、
その相手が「いけなくて困るから引き取ってくれ」と言って来て、叔父さんは留守中だから叔父さんの奥さんが昨晩わざわざ出京され、泣いて口説かれるということがあったのだそうだ。
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◆11代 勘解由小路資淳 10代資承の孫/勘解由好子の子
1922年生


■妻  古谷喜美  古谷博美の娘
1929年生


●長女
●二女
●三女
●四女
●五女

◆10代 岡崎国良 9代岡崎国有の子
1873-1915

1005(1)



■妻  矢吹イシ 男爵矢吹秀一の娘
1877年生


●女子 岡崎栄子 婿養子を迎え11代当主とする
●女子 岡崎君子 倉内豊太郎と結婚


●岡崎君子 倉内豊太郎と結婚
1005(3)



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◆11代 岡崎泰光 子爵倉橋泰顕の子・婿養子になる
1894-1977


■妻  岡崎栄子 10代国良の娘

1005(2)



●男子 岡崎友重 12代当主
●女子 岡崎泰子 園田和朗と結婚


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◆12代 岡崎友重 11代泰光の子 
1924-1987


■妻  広沢元子 広沢真吾の娘
1931年生


●長男

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