直球和館

2025年

2025/05

東京本邸 牛込区市ヶ谷薬王寺(現:新宿区市谷薬王町)
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◆初代男爵 中島信行 衆議院議長
1846-1899

1049


1879年 35歳
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●前妻 伊達初穂 国学者伊達宗広の娘・兄は伯爵陸奥宗光・死別
1877年没 


●後妻 岸田俊子 京都の呉服商岸田茂兵衛の娘・中島とは恋愛結婚・ペンネーム中島湘煙
1863-1901

*岸田俊子は、女官から女権拡張運動家に転身した異色の経歴の持ち主。


●前妻の子 中島久万吉 2代当主
●前妻の子 中島多嘉吉 久家田鶴子と結婚
●前妻の子 中島邦彦  古屋元子と結婚


後妻 岸田俊子
1000(2)


後妻 岸田俊子
1000(1)



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◆2代 中島久万吉 1代信行の子
1873-1960




■妻  岩倉八千子 男爵岩倉具経の娘
1884-1969




●長男 中島精一 3代当主
●二男 中島真吾 財閥鴻池幸昌の娘鴻池芳枝と結婚
●三男 中島和夫 味の素鈴木三郎助の娘鈴木禎子の婿養子になる
●四男 中島正雄 近藤滋弥男爵の養子になる
●五男 中島実  奥村寿子と結婚
●六男 中島豊  矢野嘉代子と結婚

●二女 中島清子 子爵加藤泰勝と結婚
●三女 中島愛子 経営者杉山寅次と結婚


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『木戸幸一日記』内大臣※当時は宗秩寮総裁

1934年1月30日(足利尊氏事件)
金子武麿君来庁。
商業大臣中島久万吉男爵の『現代』掲載の「足利尊氏論」につき、釈明的談話ありたり。

2月1日
陛下より中島商相の尊氏問題につき御尋あり。
今日まで知り得たるだいたいの情報を御話す。

2月6日
火曜午餐会に出席。
中島商相の尊氏論おおいに問題となる。
困った事件なり。

牧野内府より「中島商相の尊氏論は大義名分に関することとて相当考慮あるべし」との御話あり。

2月8日
吉田増蔵氏来庁。
中島商相の尊氏論につき強硬なる意見を開陳す。

今夕ついに中島商相辞職し、後任は松本烝治氏なるむね発表あり。

2月10日
(木戸・岩倉男爵・黒田男爵の会談内容)
予の考えとしては、この際中島男爵が自発的に書面をもって宮内大臣に事情を釈明し謝することの必要を認むる旨かつこれにより愛国団体等の運動も適当に処置しうべしと思う旨をかたりしに、岩倉男爵も全然同意にて、岩倉男爵と黒田男爵とで中島男爵に説くことの承諾を得た。

2月12日
中島男爵来訪、湯浅宮相と共に面接す。
中島男爵より「今回不慮のことにより宮相にも御迷惑御心配をおかけして申し訳なし。今日は御挨拶に上りたり」との挨拶あり。
湯浅宮相より「尊氏論は12年前の旧稿なりと言わるるがいかが」と尋ねられたるに、
中島男爵は「10年前の旧稿なること、書生の桜井なる者が昨夏自分の山登りに同行した『現代』の記者と懇意になり、その記者に旧稿の載りおる同人雑誌を渡したること、自分は最近まで自宅より出たることを知らざりしこと。『現代』2月号に尊氏論の発表せらるるに及び、この問題は内閣に累を及ぼすことなきを保しがたしと考えたるにより、2月1日に総理に面会して『議会の質問ありたる場合はかくかくの答弁をなすつもりなるが、いかなる結果を招来するやもしれざるゆえ御自由に御処分を願う』と申し述べたるが、総理はこれに対し御答はなかった。その後も2,3回この問題につき苦衷を述べたるが、総理はついに何らの答えをなされなかった。かくてついに辞表を提出するに至りなり」と語らる。
予より「今日宮内省が責めらるるは、逆臣尊氏に傾倒せりと論ずるがごとき人を華族として放任しおくやという点にして、正面よりのこの論にはなんら弁明の材料を有せざるなり。ゆえにこの点につきなんらかの手段をとらるる意思はなきや」と尋ねたるに、
中島男爵はすこぶる苦しき面持にてしばらく考えおられたるが、「ごもっともです。熟考しましょう」と返答せられた。
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◆3代 中島精一  2代久万吉の子
1904-1990


■前妻 岡田万亀子 岡田栄の娘
1906-1980


■後妻 大村嘉子  大村得太郎の娘
1912年生


●前妻の子 中島信光 4代当主
●前妻の子 中島満子 中川三郎と結婚・杉林廉と結婚


1926年 中島精一&前妻
1926-1020



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◆4代 中島信光  3代精一の子
1936年生


■妻  三浦マスミ 三浦昭太郎の娘
1958年生


●長男
●長女

◆初代男爵 九鬼隆一 東京国立博物館長
1852-1931 

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1879年 29歳
1324


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■妻  杉山波津子 杉山弥右衛門の娘
1860-1931 

*岡倉天心と不倫する


●二男 九鬼一造  2代当主
●三男 九鬼三郎  七十八銀行熊坂弁蔵の娘フジコと結婚
●四男 九鬼周造  兄の未亡人縫子と離婚・祇園の芸者と再婚


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万朝報 1898年

※九鬼隆一は国立博物館初代館長でもあった。

男爵九鬼隆一はいわゆる美術に熱心なるよりもむしろ女色に熱心して、婦人に対してはその醜美を論じたることなく手当り次第に手をつけ、これまで雇女を孕ましたることしばしばなりしが、その数多きうちに今なお記念として存しいるは荏原郡大井村酒井申太郎の娘ミネ(26歳)にて、ミネは1895年小間使として雇い入れられたる者なり。
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◆2代 九鬼一造 1代隆一の子
1884年生


■妻  中橋縫子  政治家中橋徳五郎の娘・九鬼一造と死別後一造の弟九鬼周造と再婚離婚
1895年生


●長男 九鬼隆一郎 3代当主
●二男 九鬼隆造


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◆3代 九鬼隆一郎 2代一造の子
1916年生


■妻  田村正子  田村丕顕子爵の娘
1922年生

◆初代男爵 周布公平 神奈川県知事・兵庫家知事
1851-1921

1879年 31歳
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1227(2)



■妻  岩崎貞子  士族岩崎衛生の娘
1863年生


●長男 周布兼道  2代当主
●女子 周布千代子 文部官僚黒沢次久と結婚


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◆2代 周布兼道 1代公平の子
1882-1955


■前妻 副島鑑子  伯爵副島種臣の娘
1889年生


■後妻 渡辺郷子  渡辺金左衛門の娘



●長男 周布公兼
●二男 周布明兼  松平明兼となる
●三男 周布光兼
●四男 周布吉兼

●長女 周布佐栄子 三菱重沢本淳と結婚

■東京本邸 文京区本駒込


■伊東別邸


■山中湖別邸 山梨県南都留郡


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◆初代男爵 若槻礼次郎 総理大臣 奥村仙三郎の子・婿養子になる
1866-1949 慶応02-昭和24

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京都大学競漕部時代 中央が若槻
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■妻 若槻徳子 先代若槻敬の娘 イトコ結婚
1872-1956

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●有格 2代
●繁子 官僚田原和男と結婚


1914年 大蔵大臣時代
左から 繁子・若槻礼次郎・徳子夫人・有格
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●繁子 官僚田原和男と結婚
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1918年「加藤高明四天王」
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◆2代 若槻有格 先代若槻礼次郎の子
1897-1971 明治30-昭和46


■妻 児玉ミネ 児玉要助の娘
1903-1991


●寛義  3代
●信成  吉野与志子と結婚
●佐和子 実業家甘粕慎一と結婚




◆3代 若槻寛義 2代若槻有格の子
1925-


■妻 横沢伸子 横沢巌の娘 
昭和07-


●長男
●長女

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