◆1924年01月26日 成婚式
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
『倉富勇三郎日記』枢密院議長
1924年3月1日
※倉富&宮内官僚西園寺八郎の会話
西園寺◆久邇宮俔子妃はあまりに母たる事の威光を振るわるるきらいあり。
他の妃殿下方が避けおらるる時でも、自分だけは皇太子妃のそばにおらるる事あり。
また久邇宮家の親族も皇太子を親族扱いする傾あり。
先日沼津に御一泊なされたる時、徳川頼貞伯爵夫妻〔為子夫人は俔子妃の妹〕が今夜伺いたしと申込たり。
心安だちて夜中に伺うと言うはあるまじき事なり。
倉富◆竹田宮昌子妃は時々意地悪き事をなさるる事あり。
西園寺◆その通りなり。
先日も皇太子妃〔香淳皇后〕に対し、「東伏見宮周子妃があまり度々参殿せらるるは御困りなるべきにつき、皇太子妃より母久邇宮俔子妃に書状を送りその事を通知し、俔子妃より周子妃に話してあまり度々参殿せらず様になされたらばよろしからん」と言われ、
皇太子妃はその言に従いすでに俔子妃に送る書状を作られたるが、女官長がこれを聞き「それはよろしからず」と言うて止めたる趣なり。
周子妃が皇太子妃の補導を為さる事は貞明皇后も御承知の事にて、宮内大臣より周子妃に申し上げその事に為りおりたるに、昌子妃がそばよりこれを妨げらるるは実に怪しからん事なり。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
田島道治『拝謁記』宮内庁長官
1949年2月7日
昭和天皇◆大正天皇御脳および良宮色盲のことなどは嘘ではない。
色盲の点はメンデルの分離の法則があるゆえそのむね答弁すればよく、実際東宮ちゃん〔平成天皇〕・常陸さん〔常陸宮〕も初等科入学以来ずいぶん注意しているが何事もない。
田島長官◆万一色盲におなりでも、電車の旗ふりを遊ばす訳でなし、そんなことは議会の問題にならぬと思いますし、なっても何でもありません。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
田島道治『拝謁記』宮内庁長官
1951年9月3日
田島長官◆御自分のイヤなこと嫌いなことをむしろ進んで遊ばす陛下の御修養は、やはり杉浦重剛の倫理の教えによりますこと大きいのでございましょうか。
昭和天皇◆杉浦を右翼の人のように思うが、イギリスで化学を学んだ人で非常に視野が広かった。
あるいは宗教家・哲学者は攻撃するだろうが、杉浦は「常識的に真理は一つである。釈迦も孔子もキリストも方法が違うだけで帰一するところは一つだ」と言ってた。
非常に視野の広い、包容的な考えは私にも影響があったかとも思う。
それともう一つは、私は生物学と同程度に興味があったのは歴史で、ことに箕作元八の西洋歴史は私に非常に役立った。
1951年9月29日
昭和天皇◆東宮ちゃん〔平成天皇〕はいつ外国へ行くのか知らぬが、その時までには妃殿下はきっぱり決めたいと思う。
東宮ちゃんはシンプソン夫人みたような問題は決して起こさぬと確信してるが、老婆心で洋行する前にはぜひともはっきり決めた方がよいと思う。
メアリー皇太后のような方でも私に良宮のことを聞かれた。
決まっていて、そしてゴタゴタしたでしょう。
それの返事に困ったことがある。
私のこの経験からも、はっきり返事のできるようにして行く方がよい。
それから社会の実情が変化して、私はおもう様の御意思というので突然波多野が言って来て、別に私の意思もなく決まり、その後も結婚まで別に会見するでもなしであったが、近ごろは孝ちゃん〔孝宮和子内親王〕でも順ちゃん〔順宮厚子内親王〕でも婚約後往復をしてる。
これらの変化を考えると、事情に即したことをせねばならず、今一つそう早く結婚することもどうかと思う。
例えば二十歳というようなことは、そして婚約のあまり長いのもどうかと思う。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
『倉富勇三郎日記』枢密院議長
1924年3月1日
※倉富&宮内官僚西園寺八郎の会話
西園寺◆久邇宮俔子妃はあまりに母たる事の威光を振るわるるきらいあり。
他の妃殿下方が避けおらるる時でも、自分だけは皇太子妃のそばにおらるる事あり。
また久邇宮家の親族も皇太子を親族扱いする傾あり。
先日沼津に御一泊なされたる時、徳川頼貞伯爵夫妻〔為子夫人は俔子妃の妹〕が今夜伺いたしと申込たり。
心安だちて夜中に伺うと言うはあるまじき事なり。
倉富◆竹田宮昌子妃は時々意地悪き事をなさるる事あり。
西園寺◆その通りなり。
先日も皇太子妃〔香淳皇后〕に対し、「東伏見宮周子妃があまり度々参殿せらるるは御困りなるべきにつき、皇太子妃より母久邇宮俔子妃に書状を送りその事を通知し、俔子妃より周子妃に話してあまり度々参殿せらず様になされたらばよろしからん」と言われ、
皇太子妃はその言に従いすでに俔子妃に送る書状を作られたるが、女官長がこれを聞き「それはよろしからず」と言うて止めたる趣なり。
周子妃が皇太子妃の補導を為さる事は貞明皇后も御承知の事にて、宮内大臣より周子妃に申し上げその事に為りおりたるに、昌子妃がそばよりこれを妨げらるるは実に怪しからん事なり。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
田島道治『拝謁記』宮内庁長官
1949年2月7日
昭和天皇◆大正天皇御脳および良宮色盲のことなどは嘘ではない。
色盲の点はメンデルの分離の法則があるゆえそのむね答弁すればよく、実際東宮ちゃん〔平成天皇〕・常陸さん〔常陸宮〕も初等科入学以来ずいぶん注意しているが何事もない。
田島長官◆万一色盲におなりでも、電車の旗ふりを遊ばす訳でなし、そんなことは議会の問題にならぬと思いますし、なっても何でもありません。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
田島道治『拝謁記』宮内庁長官
1951年9月3日
田島長官◆御自分のイヤなこと嫌いなことをむしろ進んで遊ばす陛下の御修養は、やはり杉浦重剛の倫理の教えによりますこと大きいのでございましょうか。
昭和天皇◆杉浦を右翼の人のように思うが、イギリスで化学を学んだ人で非常に視野が広かった。
あるいは宗教家・哲学者は攻撃するだろうが、杉浦は「常識的に真理は一つである。釈迦も孔子もキリストも方法が違うだけで帰一するところは一つだ」と言ってた。
非常に視野の広い、包容的な考えは私にも影響があったかとも思う。
それともう一つは、私は生物学と同程度に興味があったのは歴史で、ことに箕作元八の西洋歴史は私に非常に役立った。
1951年9月29日
昭和天皇◆東宮ちゃん〔平成天皇〕はいつ外国へ行くのか知らぬが、その時までには妃殿下はきっぱり決めたいと思う。
東宮ちゃんはシンプソン夫人みたような問題は決して起こさぬと確信してるが、老婆心で洋行する前にはぜひともはっきり決めた方がよいと思う。
メアリー皇太后のような方でも私に良宮のことを聞かれた。
決まっていて、そしてゴタゴタしたでしょう。
それの返事に困ったことがある。
私のこの経験からも、はっきり返事のできるようにして行く方がよい。
それから社会の実情が変化して、私はおもう様の御意思というので突然波多野が言って来て、別に私の意思もなく決まり、その後も結婚まで別に会見するでもなしであったが、近ごろは孝ちゃん〔孝宮和子内親王〕でも順ちゃん〔順宮厚子内親王〕でも婚約後往復をしてる。
これらの変化を考えると、事情に即したことをせねばならず、今一つそう早く結婚することもどうかと思う。
例えば二十歳というようなことは、そして婚約のあまり長いのもどうかと思う。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
