<聖護院別邸事件 幡新編>
1976年幡新守也(グアム島残留日本兵横井庄一の妻の兄)は
四男暢道に融資した3千万円が返済されなかったため、聖護院別邸・大谷専修学院の学生寮『修練舎』・宗務総長役宅の3点を差し押さえる。
当時宗務総長役宅には嶺藤総長が住んでいた。
聖護院別邸は別の債権者福田アツシ〔外字〕にも差し押さえられていたため、二重に差し押さえられたことになる。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
自称:哲学者・著述業 幡新守也(グアム島残留日本兵横井庄一の妻の兄)
1975年頃、最初にやってきたんが武内孝麿ちゅうて武内克麿(四男暢道側近の僧侶)の弟。
四男暢道の使い走りをしとった男やねえ。
それから克麿、続いて四男暢道が顔を見せるようになって、1億5千万円ほど貸してほしいと頼んできた。
「なんでそないに金が要るんや」と聞いたら、こない言うのよ。
「長男光紹と二男暢順にそれぞれ暴力団がついて東本願寺の財産を食い物にしようとしとる。この二人を切らんことには東本願寺はダメになってしまう。そこで自分たちもその筋に頼んで二人の悪行の数々を調べさせているが、その資料を手に入れるには1億5千万円ほどの金を渡さにゃならん」と言うわけですよ。
ヤクザに金を払ろて長男と二男に関する情報を取ろうちゅうわけやな。
実はこれ嘘やったことが後でわかったんやが、その当時はわからんわねえ。
そこでワシは「なんであんたらの兄弟喧嘩に金を払わにゃならんのや」言うて断ったんですよ。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
ところが四男暢道らは「その筋に金を渡す期限が迫ってきた。
払えないと東本願寺はいよいよ食い物にされてしまう」とうろたえた。
そこで幡新は場つなぎにと言って3千万円を貸す。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
自称:哲学者・著述業 幡新守也(グアム島残留日本兵横井庄一の妻の兄)
この3千万円は手形を取っただけで担保も取らずに貸したんですがね、
「どないして返すんや」と聞いたら、こないなこと言うんですよ。
「智子裏方が地方を回って合力をやる、そしたら10億やそこらの金はすぐ集まる」ちゅうんですよ。
えらい調子のええ話やったけど、それっきりですわな。
裏方が合力をやったという話も聞かんし、金も返しにけえへん。
そうこうしてるうちに年が明けて、例の手形乱発事件ですがな。
その直後やったと思うなあ、聖護院別邸を買うてくれと言うてきたんは。
「何を言うとるんか。まず前の3千万円を返すのが筋とちゃうか。第一ワシにはちゃんとした家があるのに、なんで聖護院別邸を買わなならんのや」ちゅうたんですわ。
そしたら「3千万円の代わりには烏丸の大谷大学の近くに200坪ほどの更地があるさかい、ひとつ見に行きましょ」言うんで、行ってみたんですわ。
そしたらこれが更地と全然違いますのやがな。
「こんなところ、学生が下宿みたいにして住んどるし、使い物にならん。登記費用だけでも馬鹿にならん。割にあわん」と言うたんですよ。
(これは学生寮『修練舎』のことである)
「では、その登記費用の代わりに」て持ち出したんが、宗務総長役宅。
「これならいくら嶺藤総長が反対しても、いざとなれば法主が嶺藤をクビにしてしまえば使い物になる」ちゅうわけですわ。
それで前に貸した3千万円については『修練舎』に宗務総長役宅をプラスすることで話がついたんで、
また聖護院別邸を買うてくれちゅう話になったわけ。
それで不動産の専門家に鑑定してもろたら、まあ3億ぐらいなら損はせえへんやろと皆が言う。
ほんまは5億円ぐらいはするやろが、人間は住んでるし(四男暢道一家のこと)所有権を移転するとなればどうせ争いになるから、そのぶん条件が悪いと言う。
それでまあ、鑑定より少しはずんで3億5千万円出しましょということになったんですよ。
この時は法主・裏方・四男暢道と3人で聖護院別邸で話をした。
裏方は「この子が育った『対嵐坊』も人手に渡ってしまいましたが、またこの子が住んでる家が人様の手に渡るというのも何かの因縁でしょうねえ」としんみり言うてましたよ。
そのとき印象に残ったことがあるんやが、法主が「あと10年若ければ私も改革派と戦うんやが、この年では」と弱々しく言うと、裏方が「何を気のお弱いことを」とたしなめとった。
主戦論者は裏方のようだったねえ。
それだけ四男暢道が可愛いんだろうねえ。
ところが四男暢道がね「6月半ばまでは所有権の移転登記をせんといてくれ」と言うんですよ。
「6月1日から宗議会が始まる。改革派が多数を占める僧侶が全国から集まってくる時期だから、ことを荒立てるとマズイ」と言うんだねえ。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
しかしその直前の5月25日、京都地裁は東本願寺から申請された大谷家の債務負担行為禁止等の仮処分を認める判決を下した。
これにより法主の借金や財産処分権は停止される。
慌てた幡新は、聖護院別邸・大谷専修学院の学生寮『修練舎』・宗務総長役宅の仮登記を行った。
一方、1億5千万円の担保として同じ聖護院別邸の書類を預かっていた福田アツシ〔外字〕も、慌てて幡新に遅れて3日後に仮登記を行った。
福田は「借金の担保として書類を渡しておきながら、知らない間に他人に売っていたのか」と愕然し、
幡新も「聖護院別邸の3億5千万円は福田に返す金に使うんだと言うとったのに、返さなかったんですよ。びっくりしたわ」とあきれた。
18年後の1994年大谷家の借金を肩代わりした東本願寺が、3千万の借金に利息を合わせて3,100万円を支払って和解が成立した。
1976年幡新守也(グアム島残留日本兵横井庄一の妻の兄)は
四男暢道に融資した3千万円が返済されなかったため、聖護院別邸・大谷専修学院の学生寮『修練舎』・宗務総長役宅の3点を差し押さえる。
当時宗務総長役宅には嶺藤総長が住んでいた。
聖護院別邸は別の債権者福田アツシ〔外字〕にも差し押さえられていたため、二重に差し押さえられたことになる。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
自称:哲学者・著述業 幡新守也(グアム島残留日本兵横井庄一の妻の兄)
1975年頃、最初にやってきたんが武内孝麿ちゅうて武内克麿(四男暢道側近の僧侶)の弟。
四男暢道の使い走りをしとった男やねえ。
それから克麿、続いて四男暢道が顔を見せるようになって、1億5千万円ほど貸してほしいと頼んできた。
「なんでそないに金が要るんや」と聞いたら、こない言うのよ。
「長男光紹と二男暢順にそれぞれ暴力団がついて東本願寺の財産を食い物にしようとしとる。この二人を切らんことには東本願寺はダメになってしまう。そこで自分たちもその筋に頼んで二人の悪行の数々を調べさせているが、その資料を手に入れるには1億5千万円ほどの金を渡さにゃならん」と言うわけですよ。
ヤクザに金を払ろて長男と二男に関する情報を取ろうちゅうわけやな。
実はこれ嘘やったことが後でわかったんやが、その当時はわからんわねえ。
そこでワシは「なんであんたらの兄弟喧嘩に金を払わにゃならんのや」言うて断ったんですよ。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
ところが四男暢道らは「その筋に金を渡す期限が迫ってきた。
払えないと東本願寺はいよいよ食い物にされてしまう」とうろたえた。
そこで幡新は場つなぎにと言って3千万円を貸す。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
自称:哲学者・著述業 幡新守也(グアム島残留日本兵横井庄一の妻の兄)
この3千万円は手形を取っただけで担保も取らずに貸したんですがね、
「どないして返すんや」と聞いたら、こないなこと言うんですよ。
「智子裏方が地方を回って合力をやる、そしたら10億やそこらの金はすぐ集まる」ちゅうんですよ。
えらい調子のええ話やったけど、それっきりですわな。
裏方が合力をやったという話も聞かんし、金も返しにけえへん。
そうこうしてるうちに年が明けて、例の手形乱発事件ですがな。
その直後やったと思うなあ、聖護院別邸を買うてくれと言うてきたんは。
「何を言うとるんか。まず前の3千万円を返すのが筋とちゃうか。第一ワシにはちゃんとした家があるのに、なんで聖護院別邸を買わなならんのや」ちゅうたんですわ。
そしたら「3千万円の代わりには烏丸の大谷大学の近くに200坪ほどの更地があるさかい、ひとつ見に行きましょ」言うんで、行ってみたんですわ。
そしたらこれが更地と全然違いますのやがな。
「こんなところ、学生が下宿みたいにして住んどるし、使い物にならん。登記費用だけでも馬鹿にならん。割にあわん」と言うたんですよ。
(これは学生寮『修練舎』のことである)
「では、その登記費用の代わりに」て持ち出したんが、宗務総長役宅。
「これならいくら嶺藤総長が反対しても、いざとなれば法主が嶺藤をクビにしてしまえば使い物になる」ちゅうわけですわ。
それで前に貸した3千万円については『修練舎』に宗務総長役宅をプラスすることで話がついたんで、
また聖護院別邸を買うてくれちゅう話になったわけ。
それで不動産の専門家に鑑定してもろたら、まあ3億ぐらいなら損はせえへんやろと皆が言う。
ほんまは5億円ぐらいはするやろが、人間は住んでるし(四男暢道一家のこと)所有権を移転するとなればどうせ争いになるから、そのぶん条件が悪いと言う。
それでまあ、鑑定より少しはずんで3億5千万円出しましょということになったんですよ。
この時は法主・裏方・四男暢道と3人で聖護院別邸で話をした。
裏方は「この子が育った『対嵐坊』も人手に渡ってしまいましたが、またこの子が住んでる家が人様の手に渡るというのも何かの因縁でしょうねえ」としんみり言うてましたよ。
そのとき印象に残ったことがあるんやが、法主が「あと10年若ければ私も改革派と戦うんやが、この年では」と弱々しく言うと、裏方が「何を気のお弱いことを」とたしなめとった。
主戦論者は裏方のようだったねえ。
それだけ四男暢道が可愛いんだろうねえ。
ところが四男暢道がね「6月半ばまでは所有権の移転登記をせんといてくれ」と言うんですよ。
「6月1日から宗議会が始まる。改革派が多数を占める僧侶が全国から集まってくる時期だから、ことを荒立てるとマズイ」と言うんだねえ。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
しかしその直前の5月25日、京都地裁は東本願寺から申請された大谷家の債務負担行為禁止等の仮処分を認める判決を下した。
これにより法主の借金や財産処分権は停止される。
慌てた幡新は、聖護院別邸・大谷専修学院の学生寮『修練舎』・宗務総長役宅の仮登記を行った。
一方、1億5千万円の担保として同じ聖護院別邸の書類を預かっていた福田アツシ〔外字〕も、慌てて幡新に遅れて3日後に仮登記を行った。
福田は「借金の担保として書類を渡しておきながら、知らない間に他人に売っていたのか」と愕然し、
幡新も「聖護院別邸の3億5千万円は福田に返す金に使うんだと言うとったのに、返さなかったんですよ。びっくりしたわ」とあきれた。
18年後の1994年大谷家の借金を肩代わりした東本願寺が、3千万の借金に利息を合わせて3,100万円を支払って和解が成立した。
