◆初代子爵 井上毅 飯田権五兵衛の子・養子になる 文部大臣
1843-1895
1879年 38歳
■前妻 二宮常子 二宮九平の娘
1884年没
■後妻 木下鶴子 儒学者木下犀潭の娘
1849-1935
●庶子 井上富士子 婿養子を迎え2代当主とする
●庶子 井上トキコ 九州電力早瀬義正と結婚
●庶子 井上イトコ 法学者山田正三と結婚
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明治天皇紀 明治25年3月19日
天皇曰く、伊藤と松方とは性質相異なり。
伊藤は才智をもって事を処す、その進歩速やかなるも、時に顛躓し退歩することなきを保しがたし。
松方はこれに対し鈍き方なるをもって、その進歩遅々たるといえども、その進むや確実なり。
要するにこれ両人の天性に帰するをもっていかんともすべからず。
伊藤これを知らざるにあらず。
しかも近時松方を譏り、その矢を数えて寛仮せざるの状あり。
松方すこぶるこれを苦となす。
両人の間をしてこのごとくならしめたるは、陸奥が松方の矢を伊藤に告げ、また井上毅・伊東巳代治等が日々内閣の失策、松方の欠点を密かに伊藤に報ずるをもってなり。
伊藤は過日これらの書翰を積み重ねて岩倉具定に示し、その不平を漏らして松方を攻撃せしかば、岩倉も大いに伊藤の大人げなきに驚けることあり。
また憲法論にて井上毅・伊藤巳代治・金子堅太郎3人の意見時に一致せず、松方その決断に悩むものの如し。
松方と伊藤相和し相一致するに至らば可なれども、それ容易に行われがたし。
松方にその意あるも、松方はその方法を過まれり。
もし松方が井上馨と結び、井上馨をして適宜に斡旋せしめば事円滑に行わるべきも、松方は井上馨を好まず、常に山県を撰りてもって伊藤を説かしめんとす。
しかれども伊藤・山県の相善からざること久し。
その傾向近時ますます著しく、相対すれば既に互いに不快の感を生ずと言えり。
ゆえに山県は伊藤との間を周旋しあたわざるなり。
井上毅・伊東巳代治等も今や気大になりて、松方に使役されざるの状あり。
山県の首相たりし時は、井上毅・伊東巳代治も相応に使役せられたりしが、今日はしからざるなりと。
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◆2代 井上匡四郎 儒学者岡松甕谷の子・婿養子になる
1876-1959
■妻 井上富士子 1代毅の娘
1886-1944
●長男 井上匡一 3代当主
●長女 井上匡子 山之内二郎と結婚
●二女 井上邑子 漆原一郎と結婚
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◆3代 井上匡一
1929年生
1843-1895
1879年 38歳
■前妻 二宮常子 二宮九平の娘
1884年没
■後妻 木下鶴子 儒学者木下犀潭の娘
1849-1935
●庶子 井上富士子 婿養子を迎え2代当主とする
●庶子 井上トキコ 九州電力早瀬義正と結婚
●庶子 井上イトコ 法学者山田正三と結婚
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明治天皇紀 明治25年3月19日
天皇曰く、伊藤と松方とは性質相異なり。
伊藤は才智をもって事を処す、その進歩速やかなるも、時に顛躓し退歩することなきを保しがたし。
松方はこれに対し鈍き方なるをもって、その進歩遅々たるといえども、その進むや確実なり。
要するにこれ両人の天性に帰するをもっていかんともすべからず。
伊藤これを知らざるにあらず。
しかも近時松方を譏り、その矢を数えて寛仮せざるの状あり。
松方すこぶるこれを苦となす。
両人の間をしてこのごとくならしめたるは、陸奥が松方の矢を伊藤に告げ、また井上毅・伊東巳代治等が日々内閣の失策、松方の欠点を密かに伊藤に報ずるをもってなり。
伊藤は過日これらの書翰を積み重ねて岩倉具定に示し、その不平を漏らして松方を攻撃せしかば、岩倉も大いに伊藤の大人げなきに驚けることあり。
また憲法論にて井上毅・伊藤巳代治・金子堅太郎3人の意見時に一致せず、松方その決断に悩むものの如し。
松方と伊藤相和し相一致するに至らば可なれども、それ容易に行われがたし。
松方にその意あるも、松方はその方法を過まれり。
もし松方が井上馨と結び、井上馨をして適宜に斡旋せしめば事円滑に行わるべきも、松方は井上馨を好まず、常に山県を撰りてもって伊藤を説かしめんとす。
しかれども伊藤・山県の相善からざること久し。
その傾向近時ますます著しく、相対すれば既に互いに不快の感を生ずと言えり。
ゆえに山県は伊藤との間を周旋しあたわざるなり。
井上毅・伊東巳代治等も今や気大になりて、松方に使役されざるの状あり。
山県の首相たりし時は、井上毅・伊東巳代治も相応に使役せられたりしが、今日はしからざるなりと。
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◆2代 井上匡四郎 儒学者岡松甕谷の子・婿養子になる
1876-1959
■妻 井上富士子 1代毅の娘
1886-1944
●長男 井上匡一 3代当主
●長女 井上匡子 山之内二郎と結婚
●二女 井上邑子 漆原一郎と結婚
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◆3代 井上匡一
1929年生





