◆24代 飛鳥井雅典 23代飛鳥井雅久の子
1825-1883
1879年 56歳
■妻 花山院梅子 公家花山院家厚の娘
1831-1874
●男子 飛鳥井雅望 25代当主
●男子 飛鳥井雅之 藤枝雅之となる
●男子 飛鳥井基静 持明院基静となる
●男子 飛鳥井恒麿 26代当主
●男子 飛鳥井勝道 大谷勝道となる
●男子 飛鳥井忠三郎 下山忠三郎となる
●女子 飛鳥井芳子 子爵永井直哉と結婚
●女子 飛鳥井生子 石田沢心と結婚
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◆25代 飛鳥井雅望 24代雅典の子
1842-1906
1879年 39歳
■前妻 上杉栄子 米沢藩主上杉斉憲の娘・結婚3回
人吉藩主相良頼基→伯爵飛鳥井雅望→侯爵山内豊範
1848-1886

■後妻 四条満子 侯爵四条隆謌の娘
1853-1890
●男子 飛鳥井雅広
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◆26代 飛鳥井恒麿 25代雅望の弟/24代雅典の子
1859-1924
■1番目の妻 津守覚子 男爵津守国美の婿養子になるが離婚
1860-1927
■2番目の妻 伊達美知 伊達邦直の娘
1896年没
■3番目の妻 高橋ツネ 高橋島五郎の娘
1871-1944
●長男 飛鳥井雅信 27代当主
●二男 飛鳥井翠
●三男 飛鳥井勉 不破克己の娘不破タカと結婚
●長女 飛鳥井喜多 住職哲覚となる
●二女 飛鳥井真寿 曇華院住職慈孝となる
●三女 飛鳥井登美 北垣晋一男爵と結婚
●四女 飛鳥井加都 千種有秀子爵と結婚
●飛鳥井登美 北垣晋一男爵と結婚
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◆27代 飛鳥井雅信 26代恒麿の子
1893-1969
■妻 八条敞子 子爵八条隆正の娘
1902年生
●男子 飛鳥井雅道 28代当主
●男子 飛鳥井雅慶 29代当主
●女子 飛鳥井典子 金田民夫と結婚
●女子 飛鳥井祥子 梅本二郎と結婚
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宮内庁長官 田島道治『拝謁記』
1952年3月8日※当時の総理大臣の年給は132万円
「京都出張所の飛鳥井雅信が部内の統制もよく取れず、投書などもありましたし、不正というほど大きな事ではありませんが、御所内の材木の端がどうとかいうような噂もありまして、定評があります。この際勇退してもらおうと考えまして、昨年来神職の方いろいろ空席のある所を当たってもらいましたが、みな飛鳥井ではとてもと受け手がありませぬ。一方行政整理の該当者は退職金8割増という特典があり、退職金は100万円近いようでありますから、他へ就職は退職後としてこの3月限りで勇退してもらうことに致したいことになりましたゆえ、お許しを得たいと存じます」
1952年3月22日
「先日京都の飛鳥井のことを申し上げましたが、投書等によりましてあまり芳しからぬ事もあるやの噂で調べましたが、部下が良からぬ事を致しておりまして小さいのでありますが質が悪いので勇退を申し入れ出ましたところ、進退伺を出さねばならぬと思ってたというような次第で、退官のことは決まりましてございます。
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◆28代 飛鳥井雅道 27代飛雅信の子
1934-2000
■妻 堀口和子 堀口太助の娘
1934年生
●長男
●長女
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◆29代 飛鳥井雅慶 28代雅道の弟/27代雅信の子
1937年生
■妻 篠原悠子 篠原真慶の娘
1947年生
●長男
1825-1883
1879年 56歳
■妻 花山院梅子 公家花山院家厚の娘
1831-1874
●男子 飛鳥井雅望 25代当主
●男子 飛鳥井雅之 藤枝雅之となる
●男子 飛鳥井基静 持明院基静となる
●男子 飛鳥井恒麿 26代当主
●男子 飛鳥井勝道 大谷勝道となる
●男子 飛鳥井忠三郎 下山忠三郎となる
●女子 飛鳥井芳子 子爵永井直哉と結婚
●女子 飛鳥井生子 石田沢心と結婚
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◆25代 飛鳥井雅望 24代雅典の子
1842-1906
1879年 39歳
■前妻 上杉栄子 米沢藩主上杉斉憲の娘・結婚3回
人吉藩主相良頼基→伯爵飛鳥井雅望→侯爵山内豊範
1848-1886

■後妻 四条満子 侯爵四条隆謌の娘
1853-1890
●男子 飛鳥井雅広
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◆26代 飛鳥井恒麿 25代雅望の弟/24代雅典の子
1859-1924
■1番目の妻 津守覚子 男爵津守国美の婿養子になるが離婚
1860-1927
■2番目の妻 伊達美知 伊達邦直の娘
1896年没
■3番目の妻 高橋ツネ 高橋島五郎の娘
1871-1944
●長男 飛鳥井雅信 27代当主
●二男 飛鳥井翠
●三男 飛鳥井勉 不破克己の娘不破タカと結婚
●長女 飛鳥井喜多 住職哲覚となる
●二女 飛鳥井真寿 曇華院住職慈孝となる
●三女 飛鳥井登美 北垣晋一男爵と結婚
●四女 飛鳥井加都 千種有秀子爵と結婚
●飛鳥井登美 北垣晋一男爵と結婚
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◆27代 飛鳥井雅信 26代恒麿の子
1893-1969
■妻 八条敞子 子爵八条隆正の娘
1902年生
●男子 飛鳥井雅道 28代当主
●男子 飛鳥井雅慶 29代当主
●女子 飛鳥井典子 金田民夫と結婚
●女子 飛鳥井祥子 梅本二郎と結婚
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宮内庁長官 田島道治『拝謁記』
1952年3月8日※当時の総理大臣の年給は132万円
「京都出張所の飛鳥井雅信が部内の統制もよく取れず、投書などもありましたし、不正というほど大きな事ではありませんが、御所内の材木の端がどうとかいうような噂もありまして、定評があります。この際勇退してもらおうと考えまして、昨年来神職の方いろいろ空席のある所を当たってもらいましたが、みな飛鳥井ではとてもと受け手がありませぬ。一方行政整理の該当者は退職金8割増という特典があり、退職金は100万円近いようでありますから、他へ就職は退職後としてこの3月限りで勇退してもらうことに致したいことになりましたゆえ、お許しを得たいと存じます」
1952年3月22日
「先日京都の飛鳥井のことを申し上げましたが、投書等によりましてあまり芳しからぬ事もあるやの噂で調べましたが、部下が良からぬ事を致しておりまして小さいのでありますが質が悪いので勇退を申し入れ出ましたところ、進退伺を出さねばならぬと思ってたというような次第で、退官のことは決まりましてございます。
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◆28代 飛鳥井雅道 27代飛雅信の子
1934-2000
■妻 堀口和子 堀口太助の娘
1934年生
●長男
●長女
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◆29代 飛鳥井雅慶 28代雅道の弟/27代雅信の子
1937年生
■妻 篠原悠子 篠原真慶の娘
1947年生
●長男





