<聖護院別邸事件 福田編>
四男暢道は福田アツシ〔外字〕(元総理大臣福田赳夫の甥)の紹介で、横浜の会社から1億5千万円を借りた。
借り手の名義は光暢法主、保証人は福田アツシである。
ところが四男暢道が返済しなかったため、1976年福田は聖護院別邸を差し押さえた。
別の債権者幡新守也も差し押さえていたため、聖護院別邸は二重に差し押さえられたことになる。
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元総理大臣福田赳夫の甥 福田アツシ〔外字〕
今まではオヤジ(福田赳夫)に迷惑がかかってはいかんと思って黙っていた。
そもそもの馴れ初めから話しましょうか。
ある人の紹介で四男暢道と武内克麿(四男暢道側近の僧侶)がやって来たんです。
東本願寺の息子だし、母親は皇后様の妹だし、信用しない方が不思議でしょう。
それで、ごく普通のつきあいが始まったわけです。
御上(光暢法主)や裏方(智子)にも何度もお目にかかりました。
私が京都へ行ってお住まいで一緒に食事をいただいたこともあるし、法主夫妻が東京へ来ると、いつも泊まる帝国ホテルで食事を差し上げたりしました。
オヤジは私とは別のルートで法主と知り合ったんです。
代議士の大橋武夫さんが東本願寺の門徒で、オヤジは大橋さんに紹介されて法主には何度か会っているんです。
いつも法主夫婦の後ろの方でチョロチョロしている男がいる。
オヤジが「ありゃ何者だい」と聞くので、私が「あれが有名な吹原弘宣ですよ」と教えると、
「へえ、あれが吹原か。でもなんで吹原が東本願寺と一緒にいるんだい」なんて言ってました。
なんでも、保守派と改革派というのがあって、改革派は東本願寺乗っ取りを企んでる。
これをなんとか防がなくちゃならんのだが、そのためには金が要るんだと言うんですなあ。
選挙の応援もしてもらっていたし、なんとか助けてあげたいと思ったわけですよ。
それで当時私が顧問をしていた横浜の会社を紹介した。
借りてやったのは1974年だったと思うんですがねえ。
1973年の末だったかもしれない。
ともかくその頃ですよ。
ところが、期限が来ても金は返せないと言うんですな。
その時点で私はまだ彼らを信用しとったから返せないのは気の毒だと思って、自分で5千万円都合し、あと1億円は知り合いの会社に頼んで手形を切ってもらって、とにかく横浜の会社には返したんです。
しばらくして私も金が必要になったので銀行に頼んで手形(四男暢道が振り出した元の1億5千万円の手形)を割り引いてもらおうとしたんですよ。
そしたら、この手形が全く使い物にならない偽物だとわかった。
東本願寺の息子だからと疑ってみもしなかっただけに愕然としましたな。
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四男暢道が光暢法主名義で振り出していた手形は光暢法主の口座のものではなく、
他人の口座の白紙の手形を入手して金額を書き入れていたものだった。
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元総理大臣福田赳夫の甥 福田アツシ〔外字〕
これは明らかに詐欺です。
私が訴えなかったのは四男暢道はともかく相手が東本願寺であり、事を荒立ててオヤジに迷惑がかかっちゃいかんと思ったからに他ならない。
今日まで我慢に我慢を重ねとったんです。
例の枳殻邸の問題ね、あれは私が松本裕夫さんに忠告したんですよ。
松本さんが法主に金を出してるという話を聞いたんで、私の二の舞を踏んじゃいかんから、ちゃんと担保を押さえてからにしなきゃいかんと言ったんです。
私も松本さんも他の人も、みな同じ手口でやられてる。
あの連中は知らない人のとろこへ行って東本願寺で信用させて、返すアテのない借金を膨らませている。
明らかな手形詐欺、普通の人間だったらとっくの昔に捕まってますよ。
あの連中はきちんとした形にすると、自分たちの思うように金が入らないので反対する。
結局のところ、四男暢道や武内らを切らんと東本願寺の紛争は解決の糸口ができない。
これが私の苦い経験から得た結論ですな。
高い授業料につきましたが。
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8年後の1984年、大谷家の借金を肩代わりした東本願寺が7千万円を支払って和解が成立した。
四男暢道は福田アツシ〔外字〕(元総理大臣福田赳夫の甥)の紹介で、横浜の会社から1億5千万円を借りた。
借り手の名義は光暢法主、保証人は福田アツシである。
ところが四男暢道が返済しなかったため、1976年福田は聖護院別邸を差し押さえた。
別の債権者幡新守也も差し押さえていたため、聖護院別邸は二重に差し押さえられたことになる。
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元総理大臣福田赳夫の甥 福田アツシ〔外字〕
今まではオヤジ(福田赳夫)に迷惑がかかってはいかんと思って黙っていた。
そもそもの馴れ初めから話しましょうか。
ある人の紹介で四男暢道と武内克麿(四男暢道側近の僧侶)がやって来たんです。
東本願寺の息子だし、母親は皇后様の妹だし、信用しない方が不思議でしょう。
それで、ごく普通のつきあいが始まったわけです。
御上(光暢法主)や裏方(智子)にも何度もお目にかかりました。
私が京都へ行ってお住まいで一緒に食事をいただいたこともあるし、法主夫妻が東京へ来ると、いつも泊まる帝国ホテルで食事を差し上げたりしました。
オヤジは私とは別のルートで法主と知り合ったんです。
代議士の大橋武夫さんが東本願寺の門徒で、オヤジは大橋さんに紹介されて法主には何度か会っているんです。
いつも法主夫婦の後ろの方でチョロチョロしている男がいる。
オヤジが「ありゃ何者だい」と聞くので、私が「あれが有名な吹原弘宣ですよ」と教えると、
「へえ、あれが吹原か。でもなんで吹原が東本願寺と一緒にいるんだい」なんて言ってました。
なんでも、保守派と改革派というのがあって、改革派は東本願寺乗っ取りを企んでる。
これをなんとか防がなくちゃならんのだが、そのためには金が要るんだと言うんですなあ。
選挙の応援もしてもらっていたし、なんとか助けてあげたいと思ったわけですよ。
それで当時私が顧問をしていた横浜の会社を紹介した。
借りてやったのは1974年だったと思うんですがねえ。
1973年の末だったかもしれない。
ともかくその頃ですよ。
ところが、期限が来ても金は返せないと言うんですな。
その時点で私はまだ彼らを信用しとったから返せないのは気の毒だと思って、自分で5千万円都合し、あと1億円は知り合いの会社に頼んで手形を切ってもらって、とにかく横浜の会社には返したんです。
しばらくして私も金が必要になったので銀行に頼んで手形(四男暢道が振り出した元の1億5千万円の手形)を割り引いてもらおうとしたんですよ。
そしたら、この手形が全く使い物にならない偽物だとわかった。
東本願寺の息子だからと疑ってみもしなかっただけに愕然としましたな。
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四男暢道が光暢法主名義で振り出していた手形は光暢法主の口座のものではなく、
他人の口座の白紙の手形を入手して金額を書き入れていたものだった。
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元総理大臣福田赳夫の甥 福田アツシ〔外字〕
これは明らかに詐欺です。
私が訴えなかったのは四男暢道はともかく相手が東本願寺であり、事を荒立ててオヤジに迷惑がかかっちゃいかんと思ったからに他ならない。
今日まで我慢に我慢を重ねとったんです。
例の枳殻邸の問題ね、あれは私が松本裕夫さんに忠告したんですよ。
松本さんが法主に金を出してるという話を聞いたんで、私の二の舞を踏んじゃいかんから、ちゃんと担保を押さえてからにしなきゃいかんと言ったんです。
私も松本さんも他の人も、みな同じ手口でやられてる。
あの連中は知らない人のとろこへ行って東本願寺で信用させて、返すアテのない借金を膨らませている。
明らかな手形詐欺、普通の人間だったらとっくの昔に捕まってますよ。
あの連中はきちんとした形にすると、自分たちの思うように金が入らないので反対する。
結局のところ、四男暢道や武内らを切らんと東本願寺の紛争は解決の糸口ができない。
これが私の苦い経験から得た結論ですな。
高い授業料につきましたが。
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8年後の1984年、大谷家の借金を肩代わりした東本願寺が7千万円を支払って和解が成立した。
